藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
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かつて「『司馬史観』が『自由主義史観』とよぶにふさわしい内実をもっている」(『近現代史教育の改革』平成8年、明治図書)と定義していた自由主義史観研究会代表、藤岡信勝先生が、WiLL10月号別冊「歴史通」に「私を“転向”させた『坂の上の雲』」という文章を書いている。タイトルを見ると、共産党員から司馬史観への転向の話かと思うが、読んでみると、司馬史観からまた何かに転向したらしい。
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書き出しは
「『坂の上の雲』は昭和43(1968)年から同47(1972)年にかけて産経新聞に連載され、単行本化されてから大きな話題になりました。…その当時のアカデミズムは完全に左翼史観、マルクス主義史観に占拠されていました。歴史が専門でない私もまた、そのなかに組み込まれていました」
と、いつもの“当時はみんな左翼だっから、僕ちゃんもそうだったんだよ”という主体性のない弁明だ。
 
「少々気恥ずかしいのですが、そこに至るまでの私の個人史について少し語ってみます」とするが、北海道大学時代の共産党入党や左翼教育学者としての活動には触れていない。
 
この文章で藤岡信勝先生が一番言いたいことは何かというと、「いま司馬遼太郎は真正保守派から批判のターゲットになっています」として、“司馬の乃木希典愚将論は不当な評価である”“明治は明るく昭和は暗いという司馬史観は間違っている。歴史には連続性がある”“戦車隊にいたという個人の感情で昭和を語る司馬は一面的だ”ということで、かつての「自由主義史観とは司馬史観である」という主張など忘れたかのようだ。
 
そして、それでも司馬史観は左翼思想から抜け出すのに役に立つから「『坂の上の雲』のこうした巨大な役割を認識しない真正保守派の議論は一面的です」と、真正保守を批判している。
 
自分は共産党員から司馬史観にたどり着いて、そこからまた転向したけど、真正保守とも違うというのだが、保守を自称しながら真正保守じゃないなら、いったいナニ保守なのか。
 
真正の反対語は、ニセ、似非である。
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日本教育再生機構の機関誌「教育再生」8月号に掲載されている伊藤隆先生と竹内洋先生(関西大教授、京大名誉教授)の対談で、竹内先生が興味深い発言をしている。

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八木 左翼教育学者が学校現場を煽っていったのですね。
竹内 そして、3Mに代表される進歩的教育学者第1世代の弟子たちはさらに過激になっていきました。今は保守派を自称するある教育学者は昭和40年代前半に地方の国立大学の大学院生でしたが、民青の活動家で、非共産党系とみなした教員に団交を求めて大学を追放したと聞きます。第1世代の背後にこうした「少国民的進歩的教育学者」が控え、厚みを増していったのです。



大学紛争当時、日本 共産党=日本民主青年同盟とつるんでいた大学当局があった。北海道大学、東北 大学、名古屋大学は「日共御三家」と呼ばれていた。全 共闘を擁護するつもりはないが、こういうスターリニスト支配を打破するため学生が立ち上がったのは正しい面もある。
 
非日共系の学者で、そのころ北海道大学教育学部助教授だった市川昭午氏(国立大学財務・経営センター名誉教授)はこう回顧している(『未 来形の大学』玉川大学出版部、平成13年)。

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私が所属していた学部も、教授会、職員組合、大学院生協議会、学生自治会からなる四者協議会のシステムを採用した。教授会には全教員に加えて他の3組織の代表が参加しており、そこで学生の成績評価や教員の人事が審議される仕組みであり、学生自治会や職員組合が承認しないかぎり、教員は昇任できないことになっていた。
学生の成績評価もきわめて政治的で、主流派(引用者注・民青)の学生はA、ノンポリの学生はB、反主流(引用者注・反日共)の学生はCと相場が決まっていた。私の講座の助手は、「これでは愚者の楽園だ」と正論を吐いたことから集中攻撃を受けて「自主退職」させられるに至った。こうした運営方式に愛想を尽かし、少なくない教授会メンバーが転職していった。



市川氏も「研究どころではなくなった」として、昭和45年10月に国立教育研究所に転出した。
 
「昭和40年代前半に地方の国立大学の大学院生」「民青の活動家」で「今は保守派を自称するある教育学者」とは誰なのか、竹内先生にメールで聞いてみようと思う。

また、これをお読みの方で、当時のことをご存じの方がいたらご教授願いたい。
  
※拙ブログへの投稿、情報提供はgroupe1984@livedoor.com へ。
ミスター虎ノ門さんの「池乃めだか」の喩えは的確だ。「新しい歴史教科書をつくる会」の9月3日付「声明」(http://www.tsukurukai.com/01_top_news/file_news/news_264.htm)から抜粋する。
 

現在、「つくる会」は、判決後2週間以内に、控訴するかどうかを決定しなければならない立場に置かれている。この問題を慎重に検討した結果、「つ くる会」としては、この際、控訴せず、判決の執行部分のみ受け入れて、この問題に決着をつけることとした。その理由は、扶桑社版といえども「藤岡信勝」を代表執筆者とする「つ くる会」の歴史教科書であることは紛れもない事実であり、著者グループの意思に反して出版し続けた扶桑社の行為は認められないとしても、扶桑社版を採択された教育委員会や学校の勇気ある決断には「つ くる会」として深い敬意を持っており、すでに採択された扶桑社版について、採択のやり直しを求める事態になることは望ましくないからである。「つ くる会」としては、このような大局的見地に立ち、教科書正常化運動の前進という「公」の利益のために控訴を取りやめる決断をしたものである。


 
いくら2審も敗訴必至の裁判から撤退する口実を一生懸命考えたとはいえ、こういう文章を書く人の頭は大 丈夫かと心配になる。藤岡信勝氏ら原告は全面敗訴し、裁判所は扶桑社版の出版に何の問題もないと認定しているのである。「すでに採択された扶桑社版について、採択のやり直しを求める事態」などあり得ない。逆に、扶桑社が訴えれば自由社版が横浜市に供給できなくなる可能性が高いのである(控訴を取り下げますから、反訴しないでくださいと懇願するならまだ分かる)。頭の中がひっくり返っている。まさにジョージ・オーウェルの『1984年』の世界だ。
 
有罪判決を受けた殺人犯が検察に対して「勘弁してやる。控訴はしない」と言っているのと同じだ。
 
藤岡信勝氏がなぜそんなに偉そうなのか、常人には理解できない。
 
もう一つ、藤岡信勝氏が1、2審で敗訴した「八木秀次氏に対する名誉毀損言いがかり訴訟」も、藤岡信者が常軌を逸した主張をしている。
 
判決の日にこの izaブログにこんなブログができている。
http://tsukurukai.iza.ne.jp/blog/
 
そこに掲載されている「藤岡信勝先生の名誉を守る会代表 川又和敏」の「控訴審不当判決に当たっての声明」には
 

この事案は、八木被告とその一派が、つ くる会乗っ取りを目的として藤岡氏の追放を計り、理事会での除名工作に失敗するや、公安情報を騙った謀略によって、再び藤岡氏の失脚を計ったものである。これらは、裁判の過程で確認された事実である。
 
このうち、八木被告の公安情報を騙った行為が藤岡氏に対する名誉毀損行為に当たるか否かが裁判の争点であり、裁判所が名誉毀損に当たらないと判断しても、八木被告とその一派の卑劣な行為が否定された事にはならない。
 
公的機関の名を騙る彼等の行為は、個人の人権を踏みにじり、罪なき社会人を恐怖に陥れる明らかな犯罪行為である。一審二審判決ともに、その犯罪行為の事実関係を認めている。
 
今回の裁判によって、八木被告とその一派の、民主主義社会にあるまじき危険な謀略体質が、白日の下にさらされた。


 
などと驚くべき虚偽が書き連ねられている。
 
この「藤岡信勝先生の名誉を守る会代表 川又和敏」の頭の中も藤岡信勝氏と同様、倒錯している。1、2審判決とも八木氏(およびその周辺)の「謀略」など全く認定されず、藤岡信勝氏は全面敗訴しているのである。「裁判所が名誉毀損に当たらないと判断しても、八木被告とその一派の卑劣な行為が否定された事にはならない」などという論理なら、裁判所に判断を仰いだ意味などないではないか。敗訴しても「裁判に関係なく、俺たちが謀略だと言ってるんだから謀略だ」ということだ。
 
この「声明」は明らかに八木氏に対する民事上、刑事上の名誉毀損行為であり、法秩序を否定している。八木氏が速やかに「藤岡信勝先生の名誉を守る会代表 川又和敏」とブログ開設者に対して法的手段を取ることをお薦めする。

この川又和敏という名前に見覚えがあると思ったら、拙ブログで以前名前が出ている。
http://groupe1984.iza.ne.jp/blog/entry/361887/
>「藤岡信勝先生の名誉を守る会」の川又和敏代表は
>八木秀次著・新しい歴史教科書をつ くる会編『国民の思想』を
>何冊も火にくべる呪い儀式を行い、その様子を撮影した写真を
>各所に送りつけていますね。
>八木先生は生命・身体への危害を感じています。
>脅迫事件ではありませんか?
 
著書を何冊も燃やす「焚書儀式」を写した写真を送りつける行為は明らかに脅迫罪である。
この事件について、八木氏は恐らく被害届を出しているのではないかと思う。
 
併合して捜査してもらうことが望ましい。
 
<追記>このエントリをア ップした直後、「控訴審不当判決に当たっての声明」http://tsukurukai.i za.ne.jp/blog/entry/1212081/は隠滅されたが、当該ブログ主宰者による名誉毀損の犯行の事実がなかったことになるわけではない。「ご指摘を受けましたので」仕方なく削除したとしているだけで、反省も被害者への謝罪もない。他サイトへの掲載もあるかもしれないし、文書や電子メールでの頒布も名誉毀損罪なので、八木秀次氏はきちんと被害を届け出てほしい。産経デジタルは捜査や訴訟に協力してほしい。

※拙ブログへの投稿、情報提供はgroupe1984@livedoor.com へ。
<ミスター虎ノ門さんより>吉本新喜劇で池乃めだかがボコボコにされて「よっしゃ、きょうはこれぐらいにしといたるわ」って捨て台詞を言うギャグがありますけど、あれを思い出しました。
 
きょう藤岡信勝氏が記者会見して、記者たちは「またかよ」って、しょうがなく話を聞きました。藤岡氏は、扶桑社に教科書出版差し止めを求めた裁判で全面敗訴したことについて、自分に著作権があるのが認められたことは高く評価できるとか、大局的見地に立ってとか何とか言って、控訴を断念すると表明しました。どうして「控訴しても勝ち目がないから」とか「ごめんなさい」とか素直に負けを認めないんでしょうかね。
 
靖国訴訟とか自衛隊のイラク派遣差し止め訴訟の「ねじれ判決」っていうのがありますね。原告の「市民団体」の皆さんは判決で負けても、裁判長が傍論で靖国 参拝や自衛隊派遣は違憲だと言ったことで勝った勝ったと喜ぶ、あれです。
 
でも藤岡氏が負けた裁判は「ねじれ判決」でも何でもなくて、普通に負けてるんですよ。扶桑社は藤岡氏に著作権がないなんて一言も言ってませんね。変な訴訟を起こされたから「みんなに著作権があるんだから、発行を認めないなんてわがままを言わないでください」と主張しただけです。
 
それを「自分の著作権が認められたから控訴は勘弁してやる」とは「市民団体」以下。ギャグにもなってないから吉本新喜劇以下ですよ。

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<元民社党員Tさんより>(前略)昨夜、つくる會の理事會が開かれ、藤岡さんや西尾さんが提訴し東京地方裁判所で請求が棄却された扶桑社に對する出版差止訴訟について、控訴しないことを確認致しました。裁判所の判斷を一部評價して「轉進」するといふ理由付けです。
 尙、藤岡さんらは本日、文部科學省記者クラブに於いて記者會見を行ひ、濱市などの採擇結果について報告する豫定です。(後略)

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