藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
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「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝会長が元共産党員であり、親族に有力党員が多いことは、平成18年4月に西尾幹二氏がブログで指摘し、それを受けて藤岡氏が自らのブログで釈明したことで明らかになった。藤岡氏の夫人(元共産党員)の父が舩山謙次元北海道教育大学学長(亡くなるまで共産党員)であり、その妻の舩山しんさんも新日本婦人の会の北海道の幹部(亡くなるまで共産党員)で、舩山謙次氏の兄・舩山信一立命館大学名誉教授もまた有名なマルクス主義者だそうだ(「藤岡信勝ネット発信局」より)。
系図
  
ネットを検索していたら興味深い記述を見つけた。「新しい歴史教科書をつくる会」の発足前に「つくる会」という組織が北海道にあって、藤岡信勝氏の義母・舩山しんさん(新日本婦人の会の札幌協議会代表)はその「つくる会」の幹部だったというのである。
 
新日本婦人の会とは…
「日共が、民族民主統一戦線の一翼を担う婦人戦線統一のため、昭和37年10月に結成した党の外郭団体である。①核戦争の危険から婦人と子供の生命を守る②憲法改悪に反対、軍国主義復活を阻止③生活の向上、婦人の権利、子供のしあわせのために力を合わす④日本の独立と民主主義、婦人の解放を勝ち取る⑤世界の婦人と手をつなぎ、永遠の平和を打ち立てる―などを目的としている。組織は、全国的な単一団体として、中央本部―都道府県本部―支部―班があり、中央機関紙『新婦人しんぶん』を発行している」(警備研究会『わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集』立花書房)
 
「新しい歴史教科書をつくる会」の発足前に北海道に存在した「つくる会」について調べるため、私たちは雪の北海道へ飛び、5日間にわたって札幌、名寄、釧路、標茶の現地調査を敢行した。
 
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道立図書館にこんな本があった。
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『朱の輪が翔んだ―老人ホームをつくった住民運動の記録』。藤岡信勝氏の義母・舩山しんさんがまえがきを書いている。
 
昭和58年から平成5年にかけて、札幌の共産党系の運動家が老人ホームをつくるために募金を集める「老人ホームをつくる会」(「つくる会」と呼ばれていた)の運動を展開し、藤岡信勝氏の義母・舩山しんさんは副会長だった。
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「つくる会」総会。
 
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そして老人ホームができた。地下鉄で行ってきたが、立派な施設だ。
 
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1万円以上寄付した人の名簿に藤岡信勝氏の名前がある。藤岡氏は「老人ホームをつくる会」の“活動家”だったのである。舩山謙次、しん夫妻ももちろんいる。その右の舩山章氏は夫妻の長男(藤岡信勝夫人のお兄様)で、道立高校の教諭だった方だ。舩山しんさんも師範学校を出た先生だから、教育者一家である。
 
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「新しい歴史教科書をつくる会」という名称は岡崎久彦氏の発案だそうだが、藤岡信勝氏が家に帰って夫人に、
 
「お母さん、また『つくる会』だよ」
 
と言ったことは想像に難くない。藤岡氏は「つくる会」と聞くたびに、あの北海道の「つくる会」を思い出しているのではないか。
 
そもそも「つくる会」というネーミングは、美濃部亮吉を当選させた「明るい革新都政をつくる会」に見られるように、日共チックである。実際、日共党員にとって「つくる会」といえば各地の「革新○○をつくる会」のことだったのだが、「新しい歴史教科書をつくる会」の登場で、内輪の会話がややこしくなって困ったそうである。
 
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藤岡信勝氏の義父・舩山謙次氏は平成14年に亡くなり、妻の舩山しんさんは16年に藤岡夫妻に引き取られた。藤岡氏は
 
■藤岡信勝ネット発信局(平成18年4月21日)「家族への侮辱は許せない」
 
で、「北海道から私たち夫婦が引き取る形で近くの老人介護施設に入っている」と書いているが、私たちの調査によると、舩山しんさんが入所していたのは埼玉県の施設である。都心の藤岡氏の自宅の「近く」ではない。別にどうでもいいことだが、バレないと思えば平気で嘘を書く一例として指摘しておく。
 
藤岡信勝氏がそれを書いた4か月後の8月23日に、舩山しんさんは、その埼玉で息を引き取っている。
 
藤岡信勝氏はブログでこんなことも書いている。
 
「私の活動が始まるとすぐに妻の両親の目にとまったのは当然である。両親にすれば、娘の夫の突然の『転向』である。かといって妻は本心を親に打ち明けることができない。それは共産党一筋で生きてきた両親を限りなく悲しませることになることが分かっていたからだ。こうして妻は私と両親の板挟みとなり、そのストレスは妻の体をむしばんだ。癌を発病したのである。命の危険を覚悟の手術を二度にわたって行わねばならなかった」
 
こんなことを書いて、誰が何に対して同情すると思っているのか。自らの共産党離党が夫人のストレスになり、癌を発病した(因果関係は医学的に説明できないが)…責められるとすれば、転向した自分ではないのか。
 
自分は「平成3年以降は共産党員なんかではない」「共産党は敵だ」と一生懸命弁解しながら、親族については「共産党員で何が悪い」と訴える(悪いとは誰も言ってないのに)。支離滅裂だ。
 
「家族への侮辱は許せない」って、誰も侮辱してないっつーの。
 
それにしても、標茶は寒かった。
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「新しい歴史教科書をつくる会」の自由社版教科書作製に尽力したにもかかわらず、自由社教科書編集室長を解任され、取締役も辞任した松本謙一氏からの告発メールを
 
■拙ブログ昨年8月18日付エントリー
 
で紹介したが、松本氏が広く送ったメールが、またまた複数の方から転送されてきた。
 
自由社の経営は比較的順調であり、「つくる会」会員の募金は必要ないということと、自由社幹部の小説家氏がプライドが高く、いろんな人について一口論評しているということなどが書いてある。
 
全文を紹介する。
 
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Subject: Re: [oshirase:00121] 月例運動会議(1月)のお知らせ
 
「新しい歴史教科書をつくる会」東京支部 川島事務局長ならびに支部会員の皆さまには、あけましておめでとうございます。私は「つくる会」を疾うに離脱しておりますが、今般、川島様からのご案内を配信いただきました。ありがうございます。せっかくいただきましたので、議題の一つ、「寄付募集」に関する私の見解をお伝えしておきます。

議題の教科書製作への寄付依頼ですが、率直に申しまして、対応は慎重にお考えになった方がいいと思います。

昨年5月から、自由社は、経営現場に乗り込んだ、小説家の夫婦(新「自由社」設立に当っての出資額は妻5万円、夫0円。ちなみに松本は60万円で、昨年9月K氏に全株譲渡)によって運営されていますが、人件費への無計画、営業コスト意識の欠如、冗漫な手柄話での業務阻害、などといった批判が、ボランティアやアルバイトで自由社事務所、つくる会本部にに詰めている方々のお口から外部へ洩れているようです。小説家の口から直接、あるいは「つくる会」理事を経由して、一部の会員に伝わった言葉も相次いで失笑や顰蹙を買っています。

この小説家は早稲田の法学部を大学院まで出た、というのが自己紹介の常套句ですが、私の感覚としては異常に思えるほど、他人の出自や学歴、年収でその人を公然と価値付けする人です。藤岡会長の月収、八木裁判の弁護士の年商、私はほとんど初対面の人の年収など、こちらが問わないのに「あの人はこの程度稼ぐ」と、わざわざ解説します。そして、話題にしている人間が社会的身分は高くない、ということをいうために「所詮○○」とか「たかが○○」という表現で他人をランク付けします。

その最たる例は、先年の「つくる会」の分裂騒動の際に評議員として「全国評議員・支部長会議」に出席し、冒頭、当時の事務局長、事務局員を差して、「たがが使用人のことで‥」と言い放ち、多くの出席者の顰蹙を買った一幕です。

盟友であるはずの藤岡氏を評してさえ「屯田兵の末裔だから所詮あの程度」という発言を、私は複数回聞かされていますし、加瀬英明氏の経歴についても、例によって「所詮は‥」をつけて、「そこまで言うか!?」というほど全否定的な言辞を吐いたので、「同志についてさえ、別れた途端にこれだけのことを言い放つ、この人はどういう人なのか!?」と内心驚きました。

一昨年来、文部 科学省で検定通過までさまざまなアドヴァイスをくださった職員の方々についてさえも「あれはキャリアじゃないから、力は無い」など、感謝の念という気持ちとほど遠い評価をする人です。

彼のそういう身分差別的な放言を聞いて、「つくる会」から身を引いたり、市販本大量購入を見送った会員も実はあります。いずれも「つくる会」で会長、副会長が日常的に言葉を交わしてきたような立場の方々です。

昨年5月以来、藤岡氏に懇願されて自由社のアルバイト勤務やパート勤務に出た方々の中からも、自由社のあり方に対する批判、疑問が社の外、すなわち「つくる会」の横のつながりで洩れてきています。

これは、現場責任者である小説家のそうした差別感情がどうしても日ごろの言動に滲み出して密かな反発を覚えさせてしまう、つまり、出版部長として人心の掌握すら出来ていないからではないでしょうか?

そういう、いわば、情報管理も金銭感覚も「ザル」状態の自由社が教科書を造るのに対し、善意、熱意の寄付を寄せた所で、自由社の内情に関わってきた私から見れば、それが果たして、本当に教科書制作に前向きに使われるのか、甚だ疑問に思えます。

一方、朗報もあります。

ようやく市販本の売り上げが回収でき、自由社には、46000部分の売り上げ金が入ったと、著者の一人である私に、やっと報告がありました。少なく推定しても今回の入金だけで4000万円は超えます。

学校供給本の売上金は17000部分だそうです。こちらは5月末日に国庫kらから入ります。1170万円強です。

いずれも999部以下は切り捨てた数ですが、合計で5000万円以上入金となる計算で、すでに集まっている1000万円弱の寄付金を合わせれば、歴史、公民、両方の白表紙本製作と採択本の今年分納入には、当座、十分事足りるはずです。すなわち資金は十分あるはずなのです。

ちなみに前回の第1回白表紙本の制作費は人件費も入れて約2200万円弱だったと記憶しています。

(まあ、そこまでは売れたのも、自慢する積りはありませんが、何といっても教科書本体の出来が好かったからですね。その間、藤岡会長は八木裁判と沖縄通いの連続で、ほとんど教科書製作どころではありませんでした。その訴訟を影で指導していたのは、この小説家でした。)

(文部 科学省の検定修整も事実上、私に丸投げです。市販本の随筆も、数人の方については加瀬氏が下話をつけてくださった以外、原稿依頼の事務作業はほとんど私が一人でしたのです。その間、会長は小説家とぴったり組んで扶桑社裁判に全力投球でした。私は、業務以外である扶桑社側の陳述書のチェックまでやらされました)

(これらは平成20年12月8日に藤岡氏から頼まれた「いまから白表紙本を造って検定募集に間に合わせてくれ」の仕事内容に一切含まれていませんでしたが、それらから新会社設立にいたる事情まで含め、私は300%以上キチンとやったということだけ、お伝えしておきます)

(ある副会長よりの情報によると、私から教科書製作の業務を取り上げて以後、小説家が進んでしたことは、自分が急いで探した別のデザイナーに、あの安物のタイ土産表紙を急造させたことだそうです。しかも、その仕事だけで40万円のデザイン料を払ったうえ、「安かった!」、と理事会で吹聴したそうです。本当だとすれば、そういう呆れた金銭感覚なのでしょう。どう見ても、40万円は安い!というデザインには思えませんが‥表紙の顛末については、長くなるので、また機会を改めましょう。驚くような裏話です)

つまり、この不況下、皆さんが今すぐ、やりくりなさって「教科書製作」に寄付をなさらなくとも、自由社に資金は当面潤沢なはずです。(合理的な経営が行われていれば、ですが)

日常経費については、さる企業からも定期的に資金貸付がある、という話も耳にしました。

私が支部長当時から、つくる会本部には伝統的に、「金が足りなければ、会員に呼びかければ簡単に集まる、理事が本を書けばすぐ注文が集まる」という甘えがあり、私は宮崎事務局長(当時)に、「東京支部などは子育ての大変な中、家族子供まで会員にしてくれている人が多いのだから、そういう熱心な会員を狙い撃ちにするようなことは止めナよ!」と再三苦情を言ったものでした。

扶桑社本2回目の採択戦の折、(私は東京支部長でした)「採択戦必要資金」として、本部は今回のように会員の浄財寄付を募りました。私もたしか10万円か、それ以上寄付したと思います。しかし、その中から本当に採択戦に投入された金額は僅かでした。それどころか、集めた浄財をどう投入するのか、そのヴィジョンすら定かではない。情報戦用のチラシでさえ、「予算が無いから」の連発で満足に造られませんでした。「支部は個々勝手に前進しろ!」と、実際の採択戦指揮は支部に丸投げされたも同然でした。

そして、採択戦が終わってみると、呆れた事に、「採択戦運動費」として集めた浄財の半分が、本部運営用の予備費として温存されていたのです。つまり、採択戦には敢えて投入されなかずキープされていたのです。

以後、それは「あれは虎の子だから、手を着けられない」の一点張りで死蔵されてきました。(それでもここ数年の赤字補填に使われて目減りはしているでしょうが)

つまり、会員の義侠心を刺激して金を集めながら、その本来の目的には満足に使わず、本部延命の資金に転用してきたのです。本部運営の資金不足なら、正直にそう説明して寄付を募るべきです。

一方で金の入った自由社、一方には前々回採択戦に成果を上げて欲しい、と寄せられた浄財を死蔵する「つくる会」本部。これで、さらに会員の情熱を刺激して、「教科書製作費」として5000万円を集めて、どうしよう、というのでしょうか?古今東西、金が集まりすぎるとトラブルの芽が生えてきます。先年の分裂騒ぎは、本部留保金の頂点で起こっています。

今後の自由社が本当にまともな経営が出来るのか、教科書業者に認定はしたものの、文部 科学省も、相当心配して注視していると思います。

私が最初に文部 科学省に業者資格の説明を聞きに行った際、一度業者認定されても文部 科学省が決算報告を精査して経営不適切と判断した場合は供給期間終了までは供給できるよう、他社に合併指導がおこなわれる、と説明を受けました。

加瀬先生の社長就任披露パーティーに関しても、あのパーティーの会場の予約手配まで、文部 科学省の手続きや随筆の原稿依頼のさなか、私がやらされたのです。本当に体の動かない人達でした。

私は会場の予約まで取った段階で、「あとは自分がすべてやる」と言い出した小説家氏に引き継ぎました。

ところが、パーティーの案内状も原稿の作成が遅れ、しかも担当した小説家の確認が杜撰でした。人手の少ない「つくる会」本部職員を使っての急ぎの袋詰めを終えてから、その文面に問題があって配れないものである事が発覚し、それを全部廃棄して作り直したのです。

その、再度の袋詰めも「つくる会」本部に丸投げでした。どんなに失態があっても、それをカヴァーするための回復作業でさえ、「体を動かすのは、先生、と呼ばれる人間のすることではない」という、朝鮮の士大夫意識みたいなものがあの人たちにはあるようです。

その後もつくる会事務局は折りあるごとに自由社のパシリに使役されている様子が見えます。「自由社」と「つくる会」の仕切り感覚もいまの「文京区水道」では失われている、ということでしょう

このパーティー案内状刷り直しも、その小説家の生んだ無駄な出費の一つですが、藤岡氏はそういう失態も見て見ぬ振りです。八木裁判では小説家には事実上の弁論指揮まで引き受けてもらい傍聴記録など多大の世話になったことですから、致し方ないのでしょうか?‥そういう「私」と「公」の区別を明らかにできない人間関係が支配しているのが現在の自由社の状況のように私には見えます。

今回の寄付募集についても、もし、「自由社の経営はなるに任せるしか仕方が無い、その帳尻合わせを会員の善意で埋めていこう」と、「つくる会」執行部が発想したのならなら、裏切られるのは「つくる会」会員です。いま自由社と「つくる会」において、最大の問題は、双方の上層部の誰も、きちんとスケデュール化した活動マップを造ろうとしないし、問題解決に責任を取ろうとしない、ということのように、私には見えます。

「自分は、つくる会に関係していると判るとテレビ等の仕事が来なくなるから表には出られない」というのを理由に、新自由社設立に1円も出資しなかった人間、つまり「自分はつくる会の被害者だ」と折りあるごとに言い放ってきた人物が事実上全権を握って、会社を支配しているのに、誰も疑問を呈することができない雰囲気が造られているように感じます。

自由社社長は昨年4月以降は「これは企業活動ではなく運動なので、私は会社の全権を藤岡先生にお任せしています」と株主の前で再三表明しています。

一方、「つくる会」藤岡会長は昨年4月当初は「私が自由社に関する全権を委任されたので、責任はすべて自分が取る」と宣言していましたが、8月には早くも「経営のことは加瀬社長と I さん(小説家先生)にすべて任せて、自分は採択と次期教科書制作に集中している」という書簡を私に送ってくる状況で、以後、会社経営の責任の所在すら、「自由社社長」と「つくる会会長」の双方で突き放している状況が続いています。

その間で、「つくる会」副会長の一部は、7月には「つくる会の藤岡個人商店化は困る」と藤岡降板を画策して、私に協力を求めてきたかと思えば(どうせ腰が砕けるのは目に見えていたので真剣に相手にしませんでしたが、「動きを造る起爆剤に何か発表してくれ」と頼まれたので、書いたのが8月に皆さんに回したメールです)、横浜の採択が取れた途端、案の定、「藤岡降板」はどこへやら、涼しい顔で副会長再任に唯々諾々と応じている有様。

例によって取り繕ったシャンシャン総会以後は会長も副会長も、「会」と自由社の社会的信用に関わるすべての課題に沈黙。結局、誰も責任を持ちたがらない、持たせようとしない‥ひたすら世間の「分裂批判」をおそれて、羹(アツモノ)を押し付けあっている、という感じです。繰り返されるのは空疎な掛け声だけで、具体的なヴィジョンが全く無いのが、私が見てきた「つくる会」の内側風景です。

そこへ加えて、外から乗り込んできた男一人にすべてを牛耳られて本来の運動家たちが、ひたすら、その顔色を覗っている=鳩山内閣となぜか非常に似た様相を呈して来ているのが、いまの自由社+つくる会連立ではないでしょうか。

実際にある副会長は「問題があっても、自由社はあの人(小説家)に任せるしか他はないのだ」という、会社経営の厳しさを身をもって体験してきた者には信じられないような無責任な発言を私に寄せています。

つまり、副会長たちは会長にものが言えない。会長は自由社を仕切る小説家にものが言えない― ということは、教科書も運動も、すべてはこの小説家先生お一人の恣意、気まま、に牛耳られた、ということです。その人が「自分とつくる会との関係をテレビ局に知れると番組化が破談になるので困る」と自分の打算を優先してきているわけですから、まさに「つくる会」運動は「漂流」状態、ですね。

しかも、司令長官も艦長も、副長たちも、救命ボ ートに片脚を入れながら、です。そういう状況を知らされていないのは一般会員だけ。何か、心が痛む風景です。

皆さまにおかれましても、他にも大切な運動を複数支援していらっしゃるわけですから、御寄付については、もうしばらくは自由社の行方を観察したうえで、お考えを固められた方が、せっかくの血のにじむような善意が無駄にならないだろう、と思います。文部 科学省は親切だが、甘くは無い、とてもごまかしきれるものではない、というのが、ほぼ1年、頻繁に出入りして付き合った私の感想です。

ちなみに、私は現行の自由社版「新編 新しい歴史教科書」では「戦艦 大和」をはじめ巻頭グラビアグラビアすべて、「昭和天皇のお言葉」などコラム記事の新作ほとんど、など独立記述の21%、図版の説明、側注、「ここがポイント」、のほぼすべてを、書いております。(助手の女性記者によるものを含む)このうち、独立記述の21%は私の個人著述して著作権は私に帰属すると認められております。(藤岡会長、杉原、福地両副会長が認定)

このような漂流状態では「新編新しい歴史教科書」に提供した自分の著述もどのように改変され、本来の意図が換骨奪胎されるか判ったものではありませんので、去る12月に自由社宛内容証明郵便で、次期検定応募の白表紙本には、これら私の著述と認定された文章を再度使うことは一切認めない、と公式に申し入れ、同文を藤岡氏にも届けました。

皆さまの今年のご健勝をお祈りします。私は「日本文明の独自性探求」という視点で、「つくる会史観」とは別の歴史教育運動で行動していきます。

元東京支部長、元評議員、前自由社取締役教科書編集室長
松本謙一
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■産経新聞記事 「つくる会」藤岡会長の敗訴確定
 
 怪文書を流布され、名誉を傷つけられたとして、「新しい歴史教科書をつくる会」会長の藤岡信勝拓殖大教授が、同会元会長の八木秀次高崎経済大教授を相手取り、損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高 裁第3小 法廷(堀籠幸男裁判長)は、藤岡氏側の上告を棄却する決定をした。藤岡氏側敗訴の1、2審判決が確定した。決定は12日付。
 
■八木氏コメント 藤岡信勝氏による民事提訴の最高裁決定に当たって
 
 昨日1月13日(水)、最高裁判所より、拓殖大学教授・新しい歴史教科書をつくる会会長の藤岡信勝氏が私を訴えた民事裁判の上告を棄却することを1月12日(火)に決定した旨の正式な通知を受けました。
 
 この裁判は、藤岡氏の日本 共産党離党に関する虚偽の文書を私が作成した上で当時の同会の理事にファックス送信したとし、さらに雑誌『諸君!』と『SAPIO』に私が書いた同氏に関わる記述が名誉棄損に当たるとして、平成19年7月に藤岡氏が東京地方裁判所に提訴した裁判の上告審に当たります。平成20年10月、東京地裁は被告の八木がそのような文書を作成し送信した事実は一切認められず、雑誌に書いた内容も名誉棄損に当たらない旨の被告全面勝訴の判決を出しましたが、原告の藤岡氏側はそれを不服として東京高等裁判所に控訴しました。東京高裁も平成21年8月、原告の主張を全面的に退ける判決を出しましたが、藤岡氏側はそれをも不服として最高 裁に上告していたというものです。
 
 今回、最高 裁より一審、二審に続き、被告・八木の全面勝訴という決定を受けましたが、この間、原告の藤岡氏やその支援者らは、私や関係者をあたかも犯罪者であるかのように繰り返し誹謗中傷し、実力行使を示唆するような言動さえありました。あまりのエスカレートぶりに一時は警察の勧めもあって、自宅が厳重警備対象になったことさえあります。逆提訴してはどうかと勧めて下さる方もいましたが、泥仕合はもうたくさんという思いもあってただただ耐え忍んで参りました。藤岡氏と支援者の皆さんには今回の決定を真摯に受け止め、二度とこのようなことがないようにお願い致します。
 
 現在、私は扶桑社の教科書事業を継承する育鵬社とともに、中学校の歴史・公民教科書の文部 科学省への検定申請に向けて編集の最終段階に差し掛かっています。自由社の歴史教科書を検定申請する藤岡氏や支援者の皆さんには不必要な誹謗中傷を直ちに止め、子供たちにより良き教科書を届けるために教科書の中身で勝負しようと呼び掛けたいと思います。
 
 一昨日の決定に至るまで、正直言って無駄な時間を過ごしたと思います。余計なエネルギーとお金も使ったと思います。しかし、今日に至るまで数多くの皆さんにご支持とご支援を頂きました。心より感謝するとともに今後も変わらぬご芳情をお願い申し上げます。

  平成22年1月14日
                   高崎経済大学教授・
                   一般財団法人日本教育再生機構理事長
                   八木 秀次
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