藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
201104<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201106
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
自由社版中学校歴史教科書の代表執筆者で「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの会長、藤岡信勝さんが、あちこちで東京書籍の教科書の悪口を言っている(違法だと思うぞ)ので、どんなものかと東京書籍の見本本(平成24年度使用開始)を手に入れた。
 
奥付の執筆者欄を見て頭が混乱してしまった。
東京書籍
 
江間史明(えま・ふみあき)って自由主義史観研究会の主要メンバーだよな。
江間史明
 
「教科書が教えない歴史」で昭和の軍部を批判してた人。例によって、どんどん人がいなくなる藤岡信勝さんのもとを離脱したのか? 自由主義史観研究会って自虐史観執筆研究会なのか?
 
藤岡信勝さん。あなたが悪口言ってる教科書は、あなたの仲間(あるいは元仲間)が書いてるんだけど…。
 
そういえば、自由社版教科書の年表は東京書籍の平成14年度版を盗用しているそうだな。
 
■東京書籍の年表を盗用した自由社版教科書-記述検証〈6〉
 
「新しい歴史教科書をつくる会」は東京書籍と提携してるのか?
 
おかしな出来事をウオッチしていると、こっちまでおかしくなりそうだ。
スポンサーサイト
自由社版中学校歴史教科書の代表執筆者で「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの会長、藤岡信勝は平成21年3月に拓殖大学を退職して客員教授(非常勤)でしかないのに「拓殖大学教授」と肩書を詐称し続けている、と拙ブログは昨年来取り上げた(ちなみに、教授から同じ大学の客員教授になった人は歴史上、恐らく藤岡信勝だけだろう)。
 
■藤岡信勝、オマエ客員教授じゃないか!
■「藤岡信勝の肩書詐称」に言論弾圧
■「新しい歴史教科書をつくる会」会長のセコい肩書詐称/二階堂ドットコム
■チャンネル桜が「客員教授」に変更【藤岡信勝の肩書問題】
■あした「客員教授」デビューですか? 藤岡信勝先生
■藤岡先生は客員教授だったんですね? チャンネル桜キャスター一同
■産経「正論」欄が「客員教授」と書いてるぞ!産経デジタル
 
そのため詐称を隠しきれなくなった藤岡信勝は、雑誌などでは拓殖大学客員教授と渋々名乗っている。一方で「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルのホームページでは「拓殖大学教授」と詐称を続けている
 
下の文書は、自由社が昨年(平成22年)4月21日に文部科学省に提出した教科書検定審査申請書に添付された「著作編修関係者名簿」だ。藤岡信勝は「拓殖大学教授」と肩書きを詐称している。
著作編修関係者名簿でも詐称
 
藤岡信勝の肩書き詐称が公的な文書で発覚したのは初めてである。
 
自由社は検定合格直前の今年3月14日になって、あわてて「著作編修関係者名簿の変更届出書」を提出して、「拓殖大学客員教授」に「変更」している。だが、藤岡信勝が客員教授になったのは検定申請の1年も前の平成21年4月であり、検定申請時点では客員教授である。「変更」ではなく、虚偽記載の訂正でなくてはならない。
 
それにしても、文部科学省さえ欺こうとしたとは恐れ入った。
やっぱり謝るときはお手紙書かなきゃ。
労働運動家時代の鈴木尚之←労働運動家時代の鈴木尚之氏。
 
 
 
「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの会長、藤岡信勝からのメールが届いた。

「新しい歴史教科書をつくる会」会長の藤岡信勝です。
皆様に悲しいお知らせです。「新しい歴史教科書をつくる会」事務局長で、私たちの長年の同志である鈴木尚之さんが、5月4日未明、直腸がんのため亡くなられました。享年63。通夜は7日(土)午後5時、告別式は8日(日)正午、福島県白河市和尚堤2-2さがみ白河斎場にておこなわれます。喪主は長女・内山由子(よしこ)さん。
鈴木さんは、昭和62年から鉄労書記長を務め、「新しい歴史教科書をつくる会」の創設時から熱心に支援して下さいました。平成18年、当時の八木会長の懇請で「つくる会」の事務局長に就任。今日まで、「つくる会」の旗を守ってたたかってこられました。心からご冥福をお祈りするとともに、鈴木さんの遺志を継いで、今年の採択戦に全力で取り組む決意を新たにしております。なお、会として、後日「鈴木さんを偲ぶ会」を開く予定です。


※葬儀会場の住所「和尚堤」は「和尚壇」の間違い。弔電を打つ人はご注意を。
※「昭和62年から鉄労書記長を務め」とあるが、鈴木尚之氏は昭和62年2月20日に書記長に就任し、鉄労解散(動労=革マルとの合流)までの半年間しか務めていないので「昭和62年から鉄労書記長を務め」は誤り。
「平成18年、当時の八木会長の懇請で『つくる会』の事務局長に就任」とあるが、鈴木尚之氏が事務局長に就任したのは6月。八木秀次氏は2月27日に会長を解任され、4月30日に退会している。藤岡はよくこんな大嘘が書けるものだ。
 
さて、鈴木尚之氏が療養中だったことは2月25日にお伝えした通りである。
 
 藤岡信勝先生の側近・鈴木尚之事務局長の快癒を祈る
   
鈴木尚之氏が「つくる会」の内紛で果たした役割はここに書かれている。
 
 もう一つの「つくる会」顛末記・番外編(最終章)ー鈴木尚之氏の人物像ー
 
当グループ1984が所蔵する藤岡信勝関係資料には鈴木尚之氏の情報が数多く含まれている。その中に、藤岡が八木秀次氏を訴えた訴訟で平成20年4月25日に鈴木氏が東京地裁で証人尋問された際の裁判記録がある。
 
鈴木尚之氏は平成18年4月30日の「つくる会」理事会で数々のデタラメを述べて八木秀次氏らを非難し、退会に追い込んだ。デタラメの一つに、「藤岡信勝の日本共産党離党時期について警視庁に確認したが、平成13年ではなく藤岡の主張通り平成3年という回答だった」というものがある。ところが、証人尋問で八木氏側弁護士からその発言について問われた鈴木氏は「そういう発言をした記憶がない」ととぼけた。すると、訴訟が不利になると思った藤岡側弁護士(有名な福本修也氏)が鈴木氏に前言を撤回させて、しどろもどろになった。以下がやり取りである。

被告代理人(岩渕正樹) 証人は現在、「つくる会」の事務局長ということですか。
鈴木尚之 そうです。
被告代理人 これは平成18年6月1日からですか。
鈴木尚之 さようでございます。
被告代理人 その前も常勤で「つくる会」にかかわってたようですけれども、どういう立場でしたか。その直前ということです。
鈴木尚之 直前は、1月の17日に藤岡さんと八木さんと私が会いまして、2人は両方とも必要な人なので、手を携えてやってほしいという話をしました。
被告代理人 どういう立場にいたかだけ答えてくれればいいですから。
鈴木尚之 一番最初は非常勤でございまして、3月から常勤の事務局長代行という立場で仕事をしました。
被告代理人 陳述書を読むと、その前から「つくる会」にかかわったり、別の仕事についたりということを繰り返してた面があるようなんですけれども、別のお仕事というのはどういう関係のお仕事だったか、ちょっとおっしゃっていただけますか。
鈴木尚之 それは、ある国会議員の選挙の関係等もございまして、そのお手伝いをするという仕事でございました。
被告代理人 選挙関係の仕事ですか。
鈴木尚之 はい。
被告代理人 教科書問題とは余り関係ないんですか。
鈴木尚之 私にとっては、国直しという意味で同じことでございますので、そちらのほうを仕事をするに当たっても、当時の役員の皆さんにご了解をいただいて、そういう仕事についたということでございました。
被告代理人 その国会議員の方というのは、昨年有罪判決を受けた方ですか。
鈴木尚之 そうです。
被告代理人 証人も、その関係で捜査の対象になったことがあるんじゃないですか。
鈴木尚之 はい、あります。
被告代理人 具体的に、逮捕されたことがあったのではないですか。
鈴木尚之 はい、あります。
被告代理人 先程、最初は事務局長代行で、その後事務局長になったということですけど、結局逮捕されたという経歴があることを問題にされて、そういう形になったということなんじゃないですか。
鈴木尚之 いや、そういうことではなくて、私自身はもう事務局長になろうというつもりは最初ございませんでして、どうしてもとにかく混乱を収めたり運営するために、ずっと事務局次長として、次長というか代行という格好ならいいけれども、事務局長ということについては固辞しておりまして、ただ、新しい役員体制になったときに皆さんから、それは代行では困ると、事務局長になってくれと言われて、私は事務局長を引き受けたという経過でございました。
被告代理人 平成18年3月25日に、原告藤岡さんと、種子島という当時の会長とか福地理事が一緒だったみたいですけども、会ったことはありますか。
鈴木尚之 あります。
被告代理人 これはどういう趣旨の集まりだったんですか。
鈴木尚之 パレスホテルで、藤岡先生の党歴問題というのがございましたので、それは藤岡先生からそのことについて問いただすというか話を聞くという会でございまして、私もそれに出ろと言われたんで出ました。
被告代理人 結論として、原告の党歴に関する説明が正しいというか、真実を言ってると認定したという結論になったみたいですけれども、それは原告の話に基づいてそう認定したんでしょうか、それとも何か資料的なものがあったんでしょうか。
鈴木尚之 特に資料はなかったと思います。
被告代理人 原告の述べたことを前提に、判断されたということですね。
鈴木尚之 はい。
被告代理人 証人ご自身もそのように、原告の説明が正しいことを言ってると判断されたわけですか。
鈴木尚之 そう思いました。
被告代理人 証人が、原告の離党歴に関連して、公安調査庁とか警視庁に問い合わせたということはあったんですか。
鈴木尚之 はい。知り合いがおりましたら、聞きました。
被告代理人 これは、いつ頃問い合わせたんですか。
鈴木尚之 その話が出たときだったと、後ですから、いつ頃だったというのは分かんないですが、ただ、私が聞いたのは、そういうことは第三者の人に話をすることはできませんよというふうに言われました。
被告代理人 今お話しいただいた3月25日の集まりの前だったか後だったか、ご記憶はありますか。
鈴木尚之 前だったと思います。
被告代理人 前に問い合わせたんですか。
鈴木尚之 はい。
被告代理人 先程、被告八木がそっちが公安調査庁に聞けばいいと言ったことに対して、そんなことできるわけないというお答えだったんですけれども、現実に証人は公安調査庁とか警視庁に問い合わせてるんですけれども、これはできもしないことじゃないんですか。
鈴木尚之 だから、結論はできなかったということですね。
被告代理人 結論はできなかったというのは、どういうことですか。
鈴木尚之 答えがなかったということでございます。
被告代理人 答えがなかったんですか。
鈴木尚之 はい。
被告代理人 離党歴がどっちか、3年か13年か、特定するような答えはなかったということなんですか。
鈴木尚之 そういうことです。
被告代理人 平成18年4月30日の理事会のあなたのご発言だと、離党されたのは平成3年と答えがあったというふうなことを、あなた理事会で述べていませんか。
鈴木尚之 いや、それはちょっと記憶がこさいません。
被告代理人 (甲第30号証の2を示す)これの6ペーシ、下3分の1くらいのところに「鈴木」とありますから、あなたの発言内容ですよね。ずっと読んでいったら、最後のほうです、下から2行目、「そこから返って来たのは、離党されたのは平成3年、という記録が警視庁の記録にはこざいました。」とあなたが発言されたような記録なんですけれども、今のお答えとこの発言記録との関係はどうなるんでしょうか。
鈴木尚之 私は、そういう発言をしたというのを今はちょっと記憶がないですね。
被告代理人 今のご記憶では、離党時期を特定するような回答は一切どちらからもなかったということですか。
鈴木尚之 そうです。
(中略)
原告代理人(福本修也) (甲第30号証の2を示す)6ページのあなたの発言の中で、「それから警視庁のルートでも、私は調べさせていただきました。それは、私の長年の友人がいるラインの流れの中で調べさせていただきましたが、そこから返って来たのは、離党されたのは平成3年、という記録が警視庁の記録にはございました。」とありますね。
鈴木尚之 はい。
原告代理人 この点について、事前の私との打合せの中で、もしこれを言った場合には、当然取材源の問題になるということであろうということで、このことは言わないでおきましょうという打合せをしてましたよね。
鈴木尚之 はい。
原告代理人 ここに挙がってたのを私もすっかり失念してたんですが、これを言ってしまうと取材源の問題になってくるので、言いたくなかったということですね。
鈴木尚之 そうです、はい。


 
八木秀次氏を陥れるために「警視庁に確認したが、八木は嘘をついている」と口から出まかせを言ったために、収拾がつかなくなってしまったのだ。
 
半年後に言い渡された藤岡全面敗訴の判決で、裁判長はこのやり取りを例に挙げ「その信用性には問題を指摘せざるを得ない」、つまり鈴木尚之氏の言うことは信用できないと断じた。
 
藤岡信勝のメールには「鈴木さんの遺志を継いで」とあるが、遺志を継いで嘘で人を陥れることだけはやめてほしい。鈴木尚之氏も奈落で現世での行いを反省していただきたい。合掌。
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。