藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
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自由社版歴史教科書の間違い・誤記・誤植一覧(正統保守の敵「つくる会」一部首脳を追撃します から転載)

※このリストは『市販本 新しい歴史教科書』の記述を基にしています。

<表見返し=市販本は編集趣意書の次のページ3の「黒船来港」は「黒船来航」の誤り。
<口絵p3>「旧国名と都道府県名の地図」で現在の都道府県名なのに「大坂」になっている。
<p2>右5行目の「曽父母」は「曽祖父母」の誤り。
<p12>「疑問文集」の⑦の「外人」は現在では差別用語とされ、教科書で使うのは不適切。
<p18>右28行目の「興業」は「興行」の誤り。
<p30>16行目の「土器」が太字になっているが、初出は14行目。
<p31>4行目に「1万数千年前から紀元前4世紀ごろまでを縄文時代とよび」とあるが、p32の1行目には「日本で縄文時代が始まった1万2000年前ごろ」とあり相互に矛盾する。
<p32>古代文明の地図で、黄河文明の赤丸部分に仰韶という地名が示されていない。
<p33>地図とキャプションに「シルク・ロード」とあるが、p48の5行目は「シルクロード」となっており表記が不統一。
<p35>「シャカ(釈迦)と仏教」のコラムで「菩提樹の木の下で座禅をするうち、ついに悟りをひらき」とあるが、p72の「仏像各部の名称」の⑧で「釈迦は蓮の花の上でさとりを開いた」とあり、相互に矛盾する。「悟り」と「さとり」、「ひらき」と「開いた」の表記も不統一。
<同>版面から21行目がはみ出している。
<p36>上の写真のキャプションで「復元模型大阪府立弥生博物館蔵」とあり、復元模型の後に空きがない。
<p43>21行目の「国ゆずり神話」とp44の「国譲り神話」の表記が不統一。
<p45>左7行目と12行目の「話合い」は「話し合い」が正しい表記。
<p46~47>「高句麗」「百済」「任那」「新羅」にルビがない。特に「任那」はここが初出。p46の地図にルビがあるが、任那のルビが読みづらい。
<p48>18行目の「仏教を拝礼している」という言葉はおかしい。
<p60>8行目と「律令政治のしくみ」の図の太政官のルビ「だじょうかん」は「だいじょうかん」の誤り。
<p64>4行目の「教典」は「経典」の誤り。釈迦三尊像のキャプションの鞍作鳥にルビがない(ルビの抜けはこの教科書に無数にあるので他は省略)。
<p73>「明王」に「不動明王・愛染明王・孔雀明王・五大明王など」と例示があるが、不動明王は五大明王の一つ。
下から2行目で「怒りの表情のものものもありますが」と「もの」がダブっている。
<p78>聖徳太子の説明で「大陸文化の吸収に務めた」とあるが「努めた」の誤り。
<p84>右の一番下の行の「朝」の後が2文字空いている。
<p85>左の段の一番下の行から右の段にかけて「常世は、見も知らぬ旅人を暖めるたにくべて精一杯もてなしました」と、文章がつながらない。
<p89>「足利尊氏の像」のキャプションに「一時は後醍醐天皇に従い功臣として一字をたまわり『尊氏』と改名したが」とあるが、元は高氏という名前だったことや、後醍醐天皇の諱が尊治であることの説明がないと、生徒にはさっぱり分からない。
<p95>10行目。「彼らは地侍とよばた」は意味不明(「よばれた」の誤記か)。
<p96>キャプションのルビに写真が重なっている。
<p97>「室町時代の各地の特産品」の地図で、東北の太平洋岸から房総半島、三浦半島、伊豆諸島、伊豆半島、御前崎、紀伊半島先端にかけて、海と同じブルーに着色されている。
<p99>11行目「無着」は「無著」の誤り。ルビの「むじゃく」は「むちゃく」の誤り(文化庁、興福寺のホームページによる)。
<p104>「永仁の徳政令」の説明で「分割相続」の後に不要な「、」がある。
<p120>徳川家康の肖像画。「長久手陣中画像」は「長久手合戦陣中画像」の誤り。そもそもなぜこんなマイナーな肖像画を使うのか。
<p131>2行目に二宮尊徳が「今の神奈川県小田原市近くの農家に生まれました」とあるが「小田原市近く」ではなく「小田原市」の誤り。8行目に「8キ口」とあるが「8キロ」の誤り(漢字の口=くちになっている)。21行目に二宮尊徳が「稲刈りで残った稲穂を拾って、年に何俵も米を生産して見せました」とあるが、稲刈りで残った稲穂を拾ったのではなく、「田植えで余って捨てられた苗を植えた」の誤り。
<p133>側注5で「大坂」とあるが、このページの本文や地図、p113など他のページでは「大阪」となっており表記が不統一。
<p136>左5行目の「婿入り養子に入りました」は重言。
<p141>10行目とキャプションの葛飾北斎の葛が「dba70949354d9993de41545920d3c3dc.jpg」になっている。この表記は自由社だけ。
<p143>3行目に「八代将軍家斉」とあるが家斉は十一代。「家斉が死去して老中首座になった水野忠邦」とあるが、水野が老中首座になったのは天保10(1839)年、家斉の死去は天保12(1841)年なので間違い。
<p145>左15行目の「弟」と22行目の「兄」が太字になっていない。
<p157>徳川慶喜のキャプションで徳川斉昭のルビ「とくがわなりあきら」は「とくがわなりあき」の誤り。
<p158>錦の御旗のキャプションで「東京・国立博物館」は「東京国立博物館」の誤り。
<p160>キャプションのルビに写真が重なっている。
<p165>左3行目で「職業選択の白由が認められ、白由に経済活動ができるようになりました」、右1行目で「白己の使命」と、「自」が「白」になっている。
<p171>6行目。「1973(明治6)年には」とあるが、明治6年は1873年。
<p173>「広島に投下された原子爆弾」として掲載されている写真は、長崎に投下された原子爆弾のキノコ雲の写真。
<p175>陸奥宗光の議会演説とキャプションで陸奥宗光が「睦奥宗光」になっている。
<p197>右12行目の「豊」の後が4文字空いている。
<p199>4行目と上の「文語体と口語体の作品」で森鷗外の鷗が「鴎」になっている。この表記は自由社だけ。
<p200>左22行目の「土人」のルビが右にはみ出ている。
<p211>全国水平社創立大会宣言一部抜粋3行目の冒瀆の瀆が「涜」になっている。
<p212>左上の地図。メルカトル図法では緯度が高くなるにつれて距離が拡大され、東西が誇張されるため、縮尺を示すのは誤り(2年前に当ブログの指摘を受け供給本で縮尺を削除したが、また元に戻した)。
<p256>版面から21行目がはみ出している。
<p274>葛飾北斎の葛が「dba70949354d9993de41545920d3c3dc.jpg」になっている。この表記は自由社だけ。
<p276>森鷗外の鷗が「鴎」になっている。この表記は自由社だけ。
<年表1>「倭奴国の王が後漢に使いを送る」に「57」の文字が重なっている。

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藤岡信勝・俵義文元日本共産党員の藤岡信勝氏(「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの会長)と日本共産党員の俵義文氏(「子どもと教科書全国ネット21」という左翼組織の事務局長)にはダブルスタンダード(二重基準)という共通点があるようだ。
 
俵義文氏は言う。
 
「季刊 戦争責任研究」2011年夏季号より(「週刊金曜日」にもほぼ同文を寄稿)

俵義文論文教育委員会は一般行政から独立した行政機関であり、その教育委員会が行う採択について、議会が請願を採択したり、決議して圧力をかけるのは、教育行政への介入である。さらに、教科書採択は、教育内容に関わることであり、教育基本法が禁止する「不当な支配」(06年教基法第16条、47年教基法第10条)にあたる違法行為である。加えて、「教育基本法と学習指導要領の改正の趣旨を最も良く反映した教科書の採択を求める」ということを議会が決議するのは、特定の教科書の採択を要求することであり、二重の不法行為である。1976年の「旭川学力テスト事件」の最高裁大法廷判決が、教育は「本来人間の内面的価値に関する文化的な営み」であり、「党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない」とし、「政党政治の下で多数決原理によってされる」「意思決定」にはなじまないとしている。地方議会が特定の教科書の採択を多数決で決めて教育委員会に押し付けるのは、この最高裁判決にも抵触するものであり、やってはならないことである。


教科書採択を議会に持ち込んではいけないというのだが、在日本大韓民国民団や一部の左翼は特定の教科書を採択しないよう求める請願や陳情を出し続けてきた。先月には民団湘西支部が神奈川県小田原市議会に出していた育鵬社などの社名を挙げて不採択を求める陳情が通っている。俵義文氏はなぜ民団を批判しないのか。
 
次に藤岡信勝氏。12日に名古屋で開かれた公開討論会で、自由社版歴史教科書が東京書籍の年表を盗用した問題を会場から質問された。

会場の参加者 藤岡さんにお聞きします。新聞報道は本当のようでしょう…ですが。あの、みっともないですね、他社(東京書籍)の教科書を、年表をですね、そのままパクったという、その事情はどういうことなんでしょうか。説明をしてください。ぜひ聞きたい。先ほどから、こういうことを見いだした、こういう観点を打ち出し、あの、取り入れたと、自慢しておみえですが、これ、全く話が違うじゃないですか。そのへんのことをじかにお聞きしたいなと思います。
 
名古屋での藤岡藤岡信勝 えっと、今のようなご意見、あのー、私はもちろん大歓迎でございます。あのー、問題が明らかになりますので、結構なことだと思っております。それで、まずですね、あの、えーと、おー、年表の問題ですけれども、あの、これは、あのー、えー、どこの教科書会社でも、年表は、ま、編集部が作るわけです。えー、私どももそのようにして、えー、ま、私は執筆者の立場ですけども、それは、あの、編集部が作った、えー、もので、えー、あのー、それで了解しておりました。で、今回指摘されたことはですね、あの、調べてみますと、大変、あの、ほんとに、え、ま、青天の霹靂と言いますか、あのー、驚いたんですけど、これは、も、明らかに不適切なことでありまして。えー、あの、当該の、おー、あのー、会社(東京書籍)にもお詫びに行きましたし、それから、文部省ともご相談、指導を受けまして、で、すぐ、あの、ていせ、あの、らい、来年の春までにですね、この訂正を申請して、既に、ま、あの、えー、あの、独自に作った、あの、年表を、あの、もうできておりますけど、あのー、近々文部省に検定し、あのー、まあ検定を受けるわけですけど、訂正申請という手続きがございますので、それで、あのー、きちっとした、ものにしたいというふうに考えております。ま、この点はお詫びをするしかないんですけれども、ただ、このことだけでですね、あのー、まあ、この、この教科書会社を否定してですね、それで、あの、採択に、その、あれするということは、ぜひなさらないでいただきたい。公平な採択をしていただきたい。で、今、あのー、採択率がトップの教科書会社(東京書籍)もですね、かつては、あー、この、雪国はつらいよ…、雪国はつらつと書いたつもりが、雪国はつらいよと書いちゃったと(笑)。でー、それから、地理の教科書(東京書籍)では何百カ所も、その、まあ、間違いが見つかったというようなこともございます。ま、そういったようなさまざまなことがございますが、そのことだけで、じゃあこの教科書会社は、あ、全部、あのー、否定されたかと、そんなことはないわけで、ぜひその点はですね、あの、公正にお願いしたいと、いうふうに思います。


東京書籍に謝ったと言ったかと思えば、東京書籍の過去のミスを茶化す。かと思うと、そんなミスをしても採択を取ったから自由社も否定しないでほしいと…。自分を正当化するために論理がメチャクチャになっている。
 
「つくる会」は東京書籍の問題のときに次のように主張していた。

平成15年12月19日付「つくる会Webニュース」

それにしても、周知のように、昨年は公民の教科書で新潟県中里村の「雪国はつらつ条例」を「雪国はつらいよ条例」と信じられないような誤記をしたり、また、昨年度用の地理で約3,300の市町村の数を1,230とするなど約160カ所の誤記が見つかり、初歩的なミスが相次いでいます。そのために、この地理は約112万部を刷り直したばかりだそうです。
このようにミスを連発する東京書籍は「チェック態勢の見直しを進めているところだが、結果的に、昨年の刷り直しでも見過ごしてしまった」と答えています。しかし、教科書会社最大手によるこのようなミスの連発が、その偏向する内容とともに、教科書に対する社会的信頼を失墜させていることは確実です。訂正したからといって、社会的責任を免れるものではありません。
この事態に対し、文部科学省教科書課は「完成度を高めて欲しい」というコメントを発表していますが、そう願っているのは、実際に教科書を使って被害に遭っている子どもたちであり、税金を支払って無償で子どもたちに教科書を提供しているわれわれ国民なのです。



くしくも、このときの東京書籍の教科書(平成14年度版)こそが、自由社の年表盗用ソースである。
 
左翼も元左翼も目的のためなら平気で嘘をつけるのだろうが、ダブルスタンダードは見苦しい。
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