藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
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藤岡信勝デタラメ論文
現在発売中の「WiLL」8月号に掲載されている藤岡信勝執筆の「『つくる会』分裂を仕掛けた中国人スパイ」という文章はデタラメだらけである。
 
八木秀次氏が「新しい歴史教科書をつくる会」会長だった平成17年に福原慎太郎氏(現・島根県益田市長)ら事務局員や「正論」編集部員と訪中したことを蒸し返しているが、これは6年前に論破し尽くされている。さらに最近発覚した中共のスパイ李春光・元1等書記官と無理矢理結びつけている。
 
特に問題なのは、福原慎太郎市長に関する虚偽の記述が、市長選(7月22日告示、29日投開票)に向けての選挙妨害となっていることである。
 
一見して福原慎太郎市長を誹謗中傷していないかに見える文章だが、保守に対しては「福原は中国のスパイとつながっている」との印象を植え付け、左翼に対しては「あいつは『新しい歴史教科書をつくる会』の元事務局員だ」と強調している。その深層心理には、益田市教委が昨年、育鵬社の歴史教科書を採択したことへの屈折した妬みがあるといえる。
 
まず第一に、李春光が松下政経塾に海外インターンとして在籍したのは平成11年4月から10月の半年間である。福原慎太郎市長は政経塾22期生で平成13年4月入塾である。政経塾での接点はない。その後、どこかで顔を合わせていたとしても、平成17年の訪中とは全く関係ない。
 
藤岡信勝とWiLL(ワック株式会社)は「八木訪中団」と李春光の関係を全く立証せずに印象操作を行い、「『つくる会』分裂を仕掛けた中国人スパイ」という悪質なタイトルを付けている。
 
さらに重大な虚偽は、福原慎太郎市長が「新しい歴史教科書をつくる会」事務局員だった経歴を「隠している」(49頁)という記述である。
 
「新しい歴史教科書をつくる会」事務局員などという経歴は、政治家にとって公表しようがしまいが自由であるが、福原慎太郎市長は隠してはいない。新聞記事を検索すれば簡単に判明する。
 
例えば、下のコピーは平成20年7月24日付の朝日新聞島根版のマイクロフィルムである。
朝日新聞島根版

「初めての選挙では『政策をもっと勉強しておくべきだった』との反省もあった。選挙後に『新しい歴史教科書をつくる会』(事務局・東京都)に1年間籍を置き、教育問題などを学んだ」とある。全く隠していない。
 
WiLLが次号で謝罪・訂正したとしても7月29日投票の市長選へのダメージは回復できない。藤岡信勝とワック株式会社の行為は公職選挙法148条(新聞紙、雑誌の不法利用等の制限)に抵触する可能性もある選挙妨害である。
 
そもそも経歴を隠していたのは藤岡信勝である。
 藤岡信勝先生は共産党員歴を隠していた
 「藤岡信勝先生の名誉を守る会」のデタラメ
 
そして、拓殖大学客員教授なのに「教授」と名乗り、ネット上で指摘されるまで詐称し続けていた。文部科学省への教科書検定申請でも詐称するという大胆な行為だ。
 検定申請でも肩書きを詐称した藤岡信勝(客員教授なのに「教授」)
 
他人に「経歴を隠している」などとよく言えたものである(しかも嘘)。
 
ついでに指摘しておくと、李春光の事件について「日本政府が日本駐在の現役外交官のスパイ容疑を暴露したのは、はじめてのことである。これは画期的な出来事だったと言ってよい」(48頁)という記述も嘘である。日本の外事警察はこれまでも現役外交官によるスパイ事件を突き止め、外務省を通じて出頭を要請してきた。冷戦時代に共産党員だった藤岡信勝は「赤旗」ばかり読んでいたから知らないのだろう。
 
元共産党員によって貶められたわが外事警察の名誉を回復するため、公安資料から現役外交官(外交特権を有する通商代表部員を含む)によるスパイ事件一覧を掲載する。

         日本政府が日本駐在の現役外交官のスパイ容疑を暴露した事件
 
セドフ事件(昭和44年5月11日 警視庁検挙)
警視庁は科学技術情報を盗み出していたインドネシア研修生Aを窃盗で逮捕するとともに、在日ソ連通商代表部員V・A・セドフらに対する任意出頭を要請したが、セドフらは出頭を拒否したまま急遽帰国した。
 
コノノフ事件(昭和46年7月21日 警視庁検挙)
警視庁は在日米空軍横田基地に出入りする通信部品販売ブローカーAを逮捕するとともに、Aと密会しようと東京都内の駐車場に現れた在日ソ連大使館付武官補佐官L・D・コノノフに対し任意出頭を求めたが、外交特権の壁に阻まれ、コノノフは現場から去り、翌日、急遽帰国した。
 
コズロフ事件(昭和55年1月18日 警視庁検挙)
警視庁は元陸上自衛隊陸将補Aが東京・内神田の紅梅坂で陸上自衛隊准尉Bから防衛庁の資料を受け取った現場を捕捉し、翌日にAら3人を逮捕しAの自宅から乱数表、換字表、タイムテーブル、受信機等を押収した。在日ソ連大使館付武官Y・N・コズロフに対して、外務省を通じて任意出頭を要請したが、コズロフはこれに応じることなく急遽帰国した。
 
横田基地中ソスパイ事件横田基地中ソスパイ事件(昭和62年5月19日 警視庁検挙)
警視庁は東京・井の頭公園で在日ソ連通商代表部員V・B・アクショーノフと密会中の中国情報ブローカーAを逮捕するとともに、対中国貿易商社社長、中国政経懇談会事務局長B、在日米空軍横田基地技術図書室従業員C、軍事評論家Dを逮捕した。アクショーノフに対しては、ぞう物故買の容疑で逮捕状を得て出頭を要請したが、アクショーノフは急遽帰国した。当時一時帰国中の在日ソ連大使館1等書記官I・A・ソコロフに対しては、外務省を通じて出頭を要請したが、ソコロフはそのまま我が国に戻らなかった。また、在日ソ連大使館3等書記官V・V・アクシューチンに対しては外務省を通じて出頭を要請したところ、アクシューチンは帰国した。
 
ポクロフスキー事件(昭和62年7月20日 警視庁検挙)
警視庁は航空機技術に関する資料等をソ連に提供していたT社第1事業部輸出部長Aを窃盗および業務上横領で検挙するとともに、外務省を通じ在日ソ連通商代表部代表代理Y・G・ポクロフスキーの出頭を要請したが、ポクロフスキーは事情聴取を拒否し続けたため、外務省は出国を要請、同人は帰国した。また、警察庁は既に帰国していたソ連の情報機関員とみられる元在日ソ運通商代表部員I・N・カシャーノフがこの事件に関与していたことを外務省に通報した。
 
シランコフ事件(平成3年4月19日 警視庁検挙)
警視庁は在日ソ連通商代表部員S・V・シランコフと医学論文を提供していた医科大学中国人留学生Aが接触を終え別れようとしていたところを近くの警察署に任意同行し事情聴取を行ったが、シランコフは人定事項以外の事情聴取を拒否し、帰国した。警察庁はシランコフがこの事件に関与していたことを外務省に通告した。
 
ダヴィードフ事件(平成4年5月28日 警視庁検挙)
警視庁は、ココム規制に該当する我が国及び米国の最先端科学技術製品及び技術資料等を入手しようとした在日ロシア連邦通商代表部代表代理V・N・ダヴィードフに対し任意同行を求めたが、ダヴィードフはこれを拒否してロシア連邦大使館に避難した。警察庁は外務省を通じてロシア連邦大使館に対し、ダヴィードフを「商法第493条違反容疑で警視庁に出頭させること」を要請したが、ダヴィードフは出頭を拒否したまま急遽帰国した。外務省は、警察庁の出頭要請を無視した帰国に対し、ロシア側に遺憾の意を表明した。
 
黒羽・ウドヴィン事件(平成9年7月29日 警視庁国際手配)
警視庁はSVR(対外情報庁、旧KGB)に所属するイリーガル機関員(国籍を偽るなど身分を偽装して入国し、スパイ活動を行う者)が、福島県内から昭和40年ころに失跡した日本人男性黒羽一郎に成り済まし、我が国内外において各種情報収集等を行っていた事実を突き止め、「黒羽一郎」宅の捜索を実施。スパイ活動を裏付ける乱数表、換字表、受信機等を発見押収した。また「黒羽一郎」の妻の供述から、「黒羽一郎」が受信機等を使ってSVR本部と連絡をとっていたことを確認した。さらに警視庁は、在日ロシア連邦大使館1等書記官V・P・ウドヴィンの本件への関与を把握したため、外務省を通じウドヴィンに対し任意出頭を求めたが、ウドヴィンは出頭を拒否したまま翌日急遽帰国した。
 
ボガチョンコフ事件ボガチョンコフ事件(平成12年9月8日 警視庁、神奈川県警合同捜査本部検挙)
警視庁と神奈川県警察本部の合同捜査本部は在日ロシア連邦大使館付海軍武官V・Y・ボガチョンコフと海上自衛隊3等海佐Aが東京都内のレストランで接触した直後に職務質問を行い任意同行を求めたところ、ボガチョンコフは黙秘し、その後、外交官身分証を呈示したが、任意同行を拒否し車両で立ち去った。警察庁は外務省を通じて在日ロシア大使館に対し、ボガチョンコフを警視庁に出頭させるよう要請したが、出頭しなかったことから、外務省に対しボガチョンコフのPNG通告を含む所要の外交措置を速やかにとるよう申し入れを行い、ボガチョンコフは帰国した。

シェルコノゴフ事件(平成14年3月22日 警視庁検挙)
警視庁は防衛調達関連会社社長(元航空自衛官)Aから事情聴取を開始。その他関係者からの裏付け捜査により、既に帰国していた在日ロシア通商代表部部員A・シェルコノゴフが東京都内の飲食店において、同社長から日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法に該当する防衛秘密を収集するよう教唆した事実を特定し、同法5条3項(防衛秘密の探知収集の教唆)を昭和29年の同法施行以来初めて諜報事件に適用した。警察庁は在京ロシア大使館に対しシェルコノゴフまたはしかるべき立場にある者を警視庁に出頭させるよう要請したが、ロシア側はこれに応じなかった。
 
サベリエフ事件(平成17年10月20日 警視庁検挙)
警視庁は半導体関連企業に勤務する会社員Aに対して任意同行を求めて事情聴取を開始。所要の捜査を展開した結果、Aが在日ロシア連邦通商代表部員V・サベリエフに個別半導体に関する技術情報、企業情報などの社外秘情報をサベリエフに手交していた事実を特定した。当該行為によりAが所属する会社に損害を与えた背任事件として、既に帰国していたサベリエフおよびAを被疑者として東京地方検察庁に書類送致した。
 
中国事業顧問事件中国事業顧問事件(平成18年3月28日 警視庁検挙)
警視庁はコンサルタント会社「中国事業顧問」を経営する在日中国人の章健が別の在日中国人に不正に在留資格を与えて得た報酬が台湾統一工作や対日諸工作の資金として流用されていた実態を解明。章健を出入国管理及び難民認定法違反で逮捕。章健の諸工作に関与していた在日中国大使館領事部参事官ら2人に出頭要請を行ったが、中国側は拒否した。
 
ペツケビチ事件(平成18年8月10日 警視庁検挙)
警視庁は光学機器関連企業に勤務する会社員Aに対して任意同行を求めて事情聴取を行い、各種裏付け捜査を行った結果、Aが在日ロシア連邦通商代表部員V・ペツケビチの要求に応える形で公刊情報を提供し、さらには自らが所属していた会社が保管管理する同社の社外秘光学機器を盗み出し、交付していた事実を特定した。本件を被疑者両名による窃盗事件として東京地方検察庁に書類送致。盗み出された社外秘光学機器は軍事転用が可能とされており、ペツケビチからも事情聴取を行うため、在京ロシア大使館経由で2度にわたる出頭要請を行ったものの、第1回目の出頭要請の翌日、ペツケビチはロシアに帰国した。
 
ベラノフ事件(平成20年1月24日 警視庁検挙)
警視庁は、在日ロシア大使館員に情報を渡し現金などを受け取っていた内閣情報調査室の元事務官Aを収賄と国家公務員法(守秘義務)違反で、既に帰国した在日ロシア大使館2等書記官K・ベラノフを贈賄と同法違反(守秘義務違反のそそのかし)でそれぞれ書類送検した。警察庁はベラノフの事情聴取を外務省を通じてロシア側に要請したがロシア側は応じなかった。

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稲垣秀哉なる人物が「育鵬社の歴史教科書が政治的妥協の産物であるのは、南京大虐殺を容認してしまっていることからも明らかで、教科書運動本来の意義を失わしめていることは明らかである」とブログに書いていたので、それは逆さまで、南京虐殺を認めているのは自由社版教科書だよと教えてあげたら、無礼な反論を掲載した。

そこで、稲垣秀哉のような頭の不自由な者にも理解できるようにもう一度説明する。
 
現行の自由社版中学校歴史教科書(平成24年度使用開始)は南京攻略についてこう書いている。

遂に南京虐殺を認めた藤岡信勝

南京占領の際に、日本軍によって中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。



自由社版の最初の版(平成22年度使用開始)はこう書いていた。

このとき、日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。なお、この事件の犠牲者数などの実態については資料の上で疑問点が出され、今日でも研究が続いている。


 
自由社版は今回「なお、この事件の犠牲者数などの実態については資料の上で疑問点が出され、今日でも研究が続いている」をすっぽり落としたのだ。
 
稲垣秀哉が言う通り「それが戦争である以上、首都陥落に際して、軍人と住民の双方に犠牲が出るのは当然」だ。ならば、わざわざ「このとき、日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)」と書く必要はない。首都陥落で死傷者が出ただけなら「事件」ではないからだ。

わざわざ「日本軍によって中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)」などと書くのは、日本軍による不法殺害を認めた記述であるし、それが文部科学省の反日検定官の狙いである。
 
「なお、この事件の犠牲者数などの実態については資料の上で疑問点が出され、今日でも研究が続いている」と「実態」への疑問を付記することによって、かろうじて「虐殺ゼロ」を含む記述になっていた。それを削れば、「虐殺」という言葉は使わないものの虐殺があったと言っているのと同じである。
 
育鵬社(平成24年度使用開始)はこう書いている。

このとき、日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。この事件の犠牲者数など実態については、さまざまな見解があり、今日でも論争が続いている。


 
育鵬社の記述は扶桑社の初版本(平成14年度使用開始)、改訂版(平成18年度使用開始)をほぼ踏襲している。自由社版の最初の版(平成22年度使用開始)ともほぼ同じである。
 
反日検定の中で精いっぱい頑張っているのが育鵬社であり、今回の自由社版は南京虐殺を認めてしまっているのである。通州事件を書いているからと言って、その重大な禍根が消えるわけではない。
 
これでも理解できなければ相当頭が弱い。
5月27日付記事 扶桑社の教科書を丸ごと盗作した自由社に対して、コメント欄に11日午後8時50分に次のようなコメントが書き込まれた。

扶桑社版の著作権はつくる会にあるんだから、当たり前でしょ。
違うんですか?
(リモートホスト xx.xxx.xx.xx.er.eaccess.ne.jp)


お答えしよう。
「違います」

今月30日の「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの総会に向けて、
「扶桑社の教科書はつくる会のものだ。育鵬社の教科書は扶桑社の教科書を盗作している」
という嘘宣伝が行われているそうだ。下記サイトで知った。
 
 [繰り返される季節(左翼・新しい歴史教科書をつくる会)]
 つくる会内紛――鈴木敏明氏という方が、育鵬社叩きの本を出すらしい。
 
ちょうど育鵬社が嘘宣伝(業務妨害)に対する警告文を発表したので転載しておく。

                                        平成24年6月13日
                
           当社歴史教科書への批判の誤りについて

                                     育鵬社 教科書事業部

 当社の歴史教科書記述について一部で批判があるようですが、事実に基づかない誤った言説であるため、以下ご説明いたします。

【外国の地名・人名の振り仮名について】
 当社の歴史教科書の中国、朝鮮の地名・人名については、教科書という教材の性格を考慮し、上ルビに日本語読み、下ルビに現地(語)読みを記しています。
 これは当社が、その教科書事業を引き継いだ扶桑社版教科書においても同様の措置を取っていたものであり、育鵬社版で初めて行ったとの指摘は、まったくの誤りです。

【南京事件の記述について】
 また、1937(昭和12)年の南京事件の記述についても、扶桑社版教科書の編集方針を踏襲しており、育鵬社版で改変したものではありません。

 なお、扶桑社版歴史教科書に関して、特定の著者が単独で執筆したと捉える向きがありますが、これも事実と異なります。同教科書の奥付に記載のある、各監修者及び執筆者と同社編集部により執筆されています。

                                                以上

「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの会長だった藤岡信勝が、東京書籍からの年表盗用が発覚したのは「八木秀次と中国共産党の謀略だ」とツイッターで発狂したのは10か月前。
 
 追い詰められた藤岡信勝 ついにツイッターで「発狂」
 
「つくる会」の会長を降りて謹慎しているのかと思ったら、また八木秀次氏への中傷を始めた。

基地外ツイート
藤岡信勝‏@fujiokanobu                                  5月29日
中国スパイ事件を読売がスクープ。「八木訪中団」の真相とつくる会潰しの工作がこれから明らかになります。


「八木訪中団」とは、「つくる会」会長だった八木秀次氏が平成17年に事務局長や事務局員、「正論」編集部員とともに訪中し、中国社会科学院のメンバーと歴史問題で激論を交わしたことである。藤岡信勝らは翌年、中国人と激論してはいけないと言って権力闘争のネタにした。
 
6年たって藤岡信勝は「中国大使館の1等書記官が諜報活動か」という新聞記事を見て、「これをネタにまた八木の悪口を言おう」と思ったわけだが、もちろん中共のスパイと八木秀次氏には何の関係もない。「つくる会潰し」も存在しない。勝手に衰退・左傾化しているのである。
 
「これから明らかになります」というが、ちっとも明らかにならない。当たり前である。デタラメだからだ。
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