藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
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「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの理事、藤岡信勝を支持する「つくる会」茨城県支部の川又和敏という老人が「ご隠居様の独り言」というインチキなブログを開設していることに対し、3日付で「いい加減デタラメはよせ。川又和敏」と警告しておいた。このブログ、一話で完結していないので、一体いつの話なのかさっぱり分からないのだが、なんと6年前の平成18年のことを書きなぐっている。
 
そのデタラメぶりはとどまるところを知らない。きょう6日付でもこんな嘘をついている。

「ご隠居様の独り言」平成24年11月6日付
大口寄付者への寄付金返還要求の提出を働きかけたのもこれまたひどいものです。彼等(引用者注:八木秀次氏ら)の悪知恵は止まるところを知りません。
東条由布子氏(東条英機元総理の孫)からつくる会に8千万円の寄付があった。これを返せと言っている、と八木派の新田理事が評議員・支部長合同会議で言いました。私は会に出席していましたから直に聞いて、一旦出したものを返せというのはおかしい、と思ったことを覚えています。



八木秀次氏らが「新しい歴史教科書をつくる会」への大口寄付者に対して、会に寄付金返還を求めるよう働きかけた…。証拠を示してから言うべきである。
 
そして、その働きかけを受けて東条英機元首相の孫である東条由布子さんが「8000万円返せ」と言ったと、新田均理事が指摘した…。
 
そんな話は初耳だ。
 
東条由布子さんはいろいろな愛国的運動をしていて、一生懸命お金を集める側の人である。「新しい歴史教科書をつくる会」なんぞに8000万円も寄付するはずがない。返還要求したなどと言うのは、大変な名誉毀損である。
 
「私、ボケてますから」では済まされないぞ、川又和敏。
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先日紹介した通り、「新しい歴史教科書をつくる会」というサークルの理事、藤岡信勝を支持する同会会員が日本教育再生機構理事長、八木秀次氏らを誹謗中傷する品性下劣なブログを相次いで開設している。
 
その中の一つ「ご隠居様の独り言」は「新しい歴史教科書をつくる会」茨城県支部の川又和敏という老人が書いている。今頃になって6年も7年も前のことを事実を捻じ曲げて書いている名誉毀損ブログである。
 
そのブログの10月1日付によると、藤岡信勝の事後検閲を受けている“藤岡系ブログ”であることが分かる。
 
川又和敏は藤岡信勝との関係がバレてはまずいと思ったのか、翌10月2日付で下記の軌道修正を行っている。

藤岡信勝先生から「当事者としてはっきりさせておいたほうがよい点がありますので、一言します」としてつくる会MLでメールをいただきました。(従ってどなたも読むことができます)


 
つくる会MLが「どなたも読むことができます」というのは嘘である。誰でも読めるならどこで読めるのか教えてほしい。川又和敏よ。
 
とにかくインチキなブログである。例えば11月2日付では藤岡信勝の日本共産党員歴についてこう書いている。

因みに、この時期共産党に在籍し、その後保守陣営で活躍している著名人は文芸評論家谷沢栄一、読売新聞社会長主筆渡辺恒雄など決して珍しくはありません。


 
はあ? 
 
谷沢栄一とは谷沢永一のことだと思うが、彼が日共党員だったのは大学生だった昭和20年代の数年間である。
 
渡辺恒雄が日共に入党申請したのは昭和20年12月で、しばらく入党は認められず、22年12月にはもう除名になっている(伊藤隆ほか『渡邉恒雄回顧録』より)。
 
藤岡信勝の日共入党は昭和38年であり、川又和敏によると離党は平成3年だそうだ。谷沢永一や渡辺恒雄とは全く時代が違う。どうして「この時期」なのか。昭和30年代から平成に入るまで日共に在籍し、その後保守陣営で活躍している著名人が「決して珍しくはありません」? では、ほかに誰がいるのか教えてほしい。川又和敏よ。
 
谷沢永一も渡辺恒雄も日共党員だったのは学生時代のわずかな期間だが、藤岡信勝は少なくとも47歳までの28年間日共党員だったのである。その間、教育学部の教員として数多くの日教組、全教の組合員となる学生を送り出してきた。
 
「若いころ左翼にかぶれるのは、はしかのようなものだ」と言う人がいるが、28年患ったら、もう「はしか」ではない。
 
さて、拙ブログはかつて下記記事で川又和敏に公開質問したことがある。
 ■「藤岡信勝先生の名誉を守る会」のデタラメ
 
川又和敏は

共産党員であった過去を自らの著書で繰り返し公言し、深く反省していた藤岡氏


と書いているが、藤岡信勝が「共産党員であった過去を自らの著書で繰り返し公言し、深く反省していた」などという事実は全くない。そんな著書はどこにも存在しない(論文も講演も存在しない)。あるというなら答えてみよ、川又和敏よ。「繰り返し」ということは、いくつもあるのだな。
 
藤岡信勝は「社会主義幻想に深くとらえられていった」とか「一国平和主義を信じていたが湾岸戦争を機に脱した」と書いてきたが、日共党員だったという文章を公表したことは一度もなかった。「社会主義幻想」「一国平和主義」を「深く反省」した文章を公表したこともなかった。みんなそうだったと、時代のせいにしていた。日共党員だったと公表したのは、「平成13年離党」という公安当局のデータが一部で出回り、それを西尾幹二がブログで公表したことを受けてあわてて釈明した平成18年4月10日からだ。それまでは隠していたのである。
 
いい加減デタラメを書くことをやめろ。川又和敏よ。
幸福の科学「ザ・リバティ」平成24年12月号
藤岡信勝が「新しい歴史教科書をつくる会理事」の肩書で幸福の科学の月刊誌「ザ・リバティ」12月号に「南京大虐殺は存在しない」という文章を載せている。自由社版教科書で南京虐殺を認めた藤岡信勝がよく言うよと思うが、遂に幸福の科学とも関係ができたようだ。
 
次のページにこんな記事が載っている。

「南京大虐殺」と「慰安婦強制連行」は、最近の研究で虚構の可能性が極めて濃厚になったが、国際政治の舞台でいまだに幅をきかせている。その中、幸福の科学の大川隆法総裁は9月22日、20世紀アメリカの大霊能者、エドガー・ケイシーの霊を招霊。南京と朝鮮半島の当時の様子を「タイムスリップ・リーディング」した。歴史論争を決着させる「真実」だった。
ケイシー霊は、民間人を装う中国人ゲリラと日本軍との南京での戦闘を透視。犠牲者は中国側が200人程度と分かった。
ケイシー霊は占領前の南京の人口を、民間人とゲリラを合わせて約5万人と見積もる。透視によれば、日本軍による統治で治安が回復し、1カ月後には人口が33万人に増えたという。
略奪や強姦についても、ケイシー霊によれば、(以下略)


幸福の科学『従軍慰安婦問題と南京大虐殺は本当か?』藤岡信勝は雑誌上で幸福の科学の「リーディング」「霊言」なる宗教行為の宣伝の前座を務めているのである。そのうち藤岡も「ケイシー霊によれば…」と言い出すのだろうか。
 
この「ケイシー霊のリーディング」なるものは大川隆法著『従軍慰安婦問題と南京大虐殺は本当か?―左翼の源流VS.E.ケイシー・リーディング』(幸福の科学出版)という本に詳しく載っている。
 
この中で大川隆法は

『ザ・レイプ・オブ・南京』については、藤岡信勝氏たちによる反論書である『「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究』(祥伝社刊)など、いろいろと本が出ています。


と藤岡信勝の本を宣伝している。
 
さて、幸福の科学はさまざまな「霊言」の本を出版しているが、その中には天御中主神、天照大神、神武天皇、日本武尊、光明皇后、明治天皇、昭和天皇といった神様や天皇、皇族の「霊を下ろして聞いた」と称するものがある。
幸福の科学の「霊言」本
 
民族派が抗議すると、幸福の科学は再び昭和天皇の「霊言」と称するものをでっち上げ、民族派を批判した(大川隆法著『保守の正義とは何か―公開霊言 天御中主神・昭和天皇・東郷平八郎』)。
 
幸福の科学は大川隆法著『新・日本国憲法試案』で大統領制を提案し、天皇の存在を軽視しているとして民族派から抗議を受けたこともあるが、憲法試案を謝罪・撤回していない。
 
幸福の科学不敬本そして遂には、今年9月に『皇室の未来を祈って―皇太子妃・雅子さまの守護霊インタビュー』と『今上天皇・元首の本心―守護霊メッセージ』を相次いで出版し、ご存命の天皇、皇族の「守護霊インタビュー」と称するものを公開した。内容はあまりバカバカしいので紹介しないが、こんな「宗教行為」を考えること自体が非常に不敬である。
 
藤岡信勝は幸福の科学の「リーディング」「霊言」に加担した事実をどう考えているのか。今上陛下の「守護霊メッセージ」なるものを信じているのか。見解を公表する義務がある。
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