藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
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「新しい歴史教科書をつくる会」(会長は藤岡信勝元拓殖大学教授)の教科書発行元である自由社(東京都文京区、加瀬英明社長)の元スタッフ2人が教科書編集の報酬約440万円が不払いだと東京地裁に提訴した問題。
 
他サイトに先に書かれてしまった(★スクープ! 自由社「賃金不払い」で訴えられた http://projectj.iza.ne.jp/blog/)ので、拙ブログは負けずに、先ほど独占入手した資料を公開したい。
 
提訴した2人を連れてきた元自由社取締役教科書編集室長・松本謙一氏が裁判所に提出した陳述書の要約版だ。内容は豊富なので、読者の皆さんがそれぞれ興味のある部分を分析して、拙ブログにお知らせいただければ幸いだ(連絡先groupe1984@livedoor.com)。
 
転送、転載フリーとのことなのでご自由に。
 
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本日,東京地裁で,株式会社自由社に対する同社歴史教科書の製作にかかわったデザイナー二人による,未払い金約450万円の請求提訴の初公判が開かれました.この裁判に関して,原告側より私に依頼されました陳述書の下書きが,いわゆる「つくる会教科書」研究者に,あの歴史教科書およびその市販本『日本人の歴史教科書』の製作経緯を正確に把握してもらうのに役立つと考え,私の証言として,かねてより御興味をお持ちの研究者に提供いたします.歴史教科書運動の歴史を記録する資料としてご活用ください.なお,実際裁判所に提出の陳述書とは事実関係は同一ですが表現の細部は一部異なりますので,その点はご留意ください.また,この訴訟の原告二人は,「つくる会」運動にも,それに類する政治思想にも全く関係ありません,通常の職業人であり,私との個人的関係において,業務としてあの教科書の製作作業を消化したに過ぎません.その点もくれぐれもご留意ください.

                                            平成22年6月 17日

                                                 松本謙一                           
 
1 私は、被告である株式会社自由社の元取締役であり、教科書編集室長として「新編 新しい歴史教科書」の制作を、原告であるY.S.氏及びM女氏に依頼いたしましたが、遺憾ながら請負代金の一部が支払われておりません。本件教科書の制作依頼から本件訴訟に至るまでの経緯について、申し述べます。
 
2 私、昭和43年より、鉄道愛好者向けの図書の編集、出版、販売を業として参りました。Y.S.氏はグラフィック・デザイナーとして大手自動車会社のパンフレットのデザイン、自動車愛好者向け雑誌の編集請負などで永年実績を積む一方、これまた主として海外の鉄道の撮影取材を旅行記にまとめるなど、鉄道愛好者向けの仕事でも高い知名度を獲得しています。
私も主たる鉄道研究分野が外国鉄道史であり、この部分で双方は共通したことから、極めて親しい間柄として、私が出版していた月刊専門誌(現在は別人が発行人)でも執筆、デザインを依頼する関係が過去15年以上継続してきました。
私は一方で、歴史、特に日本文化の独自性を評価する立場から「新しい歴史教科書をつくる会」に入会し、同会の東京支部長をほぼ6年、評議員を4年務めたことから、藤岡信勝現会長とは極めて密接な立場にありました。
 
3 平成19年夏、同会は、それまで「新しい歴史教科書」の発行を引き受けていた株式会社扶桑社から、同書の発行引受を停止する旨の通告を受けたことから、新たな発行引受の出版社を探す必用に迫られることとなりました。
紆余曲折の末に、藤岡会長が外交評論家加瀬英明氏の紹介で、新たに発行引き受けの承諾を得たのが株式会社自由社(旧)でした。しかし、この出版社は永年政治論壇誌としての実績はあるものの、現今教科書のような写真、図版多用のグラビア図書の編集は経験がありませんでした。
このため、「新しい歴史教科書」の代表執筆者である藤岡氏と彼の個人的な友人である、小説家の石井竜生氏などが協議の結果、図版多用図書の編集に40年の経験を持つ私が自由社の臨時雇員となって、教科書製作の実務を行うよう依頼されました。平成19年9月下旬のことでした。
図版多用図書の製作は今日、コンピュータによるデジタル信号化で、デザイン、活字の位置、書体指定、図版の解析と位置、サイズ指定まで、専門技術を持つグラフィック・デザイナーが担当し、製版、文字校正など、かつては印刷会社が担当した作業まで、一括して信号化し、印刷会社はその信号(印刷データー)を受け取るだけで印刷、製本をおこなっています。つまり、かつての書籍デザイナーと異なり、現代のグラフィック・デザイナーは自営なら相当のコンピュータ・システム機器に投資し、かつそれを自在に使いこなす専門技術者としても知識、経験、判断を求められ、責任も昔のグラフィック・デザイナーより格段に重くなっています。
株式会社自由社はもちろん、そうした設備も人員も備えて居らず、教科書製作の実務を行うには、これをこなせる個人営業のグラフィック・デザイナーが至急必用になりました。その上、「つくる会」の藤岡会長より、「従来の左翼陣営の妨害に加え、扶桑社の妨害も十分考えられるので、万が一にも作業の進行状況、新版の内容が外部に漏れないよう、格別に信頼の置けるデザイナーを捜すよう」強い要請がありました。
そこで、私の身近で、そうした条件に合致するコンピューター編集専門デザイナーとして、旧知のY.S.氏にデザイン実務作業を全面依頼し、かつY.S.氏より、図版制作担当のイラストレーター兼補助デザイナーとして同氏が共同製作作業に長い信頼関係を築いてきたM女氏の推薦も受けた次第です。
 
4 平成19年11月下旬;「新しい歴史教科書をつくる会」執筆メンバーにY.S.氏を紹介しました。この時点では「自由社が最初に文部科学省検定に応募するのは平成21年4月」という説明でした。それでも、私やY.S.にとっても、自由社にとっても、教科書の編集製作は初めての経験であり、かつ公民教科書も同時に検定応募する、ということなどで、かなり忙しいスケデュールであることは御出席の皆さんにお話しました。
同年12月8日に突然、藤岡氏に呼び出され、「改正教育基本法の指針を受けた新指導要領の適用が1年遅れることになったので、来年(平成20年)4月に旧指導要領のままで、もう1回、新旧指導要領移行端境期2年分だけを対象にした教科書改訂の募集が行われることが確定し、それにライバルである扶桑社も検定応募することは確実とみられるので、これに対抗するためには自由社+つくる会も是が非でも新教科書で応募しなければならない。なんとか、来年4月1日の検定締め切りに、歴史教科書だけでも新規製作の白表紙見本を間に合わせてくれ」と要請されました。歴史教科書には総計500点以上の写真、図版が必用で、写真の多くは寺社、博物館、教育委員会などの使用許可を得る必用があり、それを取得してからでないと編集作業は進められない一方、文字原稿についても写真と図版の解説、側注など旧版では扶桑社のスタッフが執筆を担当したものは著作権上、全面的に新規製作しなければならないので、「自由社の限られた製作予算では、そのような膨大な作業を消化する人員を抱えるのは無理だし、実質向こう70日程度しかない日程も、全く余裕がないので難しい」と私は回答しました。それでも藤岡氏が「もしできなければ、つくる会の教科書改善運動はつぶれてしまう」と悲嘆するので、Y.S.氏に電話して状況を話しましたところ、「写真さえ揃えてくれるなら、こちらは万障繰り合わせれば、ぎりぎり間に合うかもしれない」という見解でした。この言葉をたよりに、この非常に厳しい日程に挑戦することにしましたが、藤岡氏に対しては、①相当にイレギュラーな手順を踏むために製作予算はどうしても余計に掛かると覚悟して置いてもらいたいこと、②製作実務に関しては私に全面的に任せると約束してもらいたいこと、の2点を確認し、了承をもらいました。
 
5 Y.S.氏、M女氏のほとんど連続徹夜作業により平成20年3月下旬、なんとか見本本の印刷開始に漕ぎ着けましたが、そこに至って、いままで途中の校正作業にはほとんど無関心だった藤岡氏がつくる会副会長や理事、石井氏などを集めて校正を行う、と言い出しました。この時は製版データーはもうY.S.氏の手を離れ、印刷所に移っておりましたが、そこから校正を行うためには、Y.S.氏が一度緻密に組み上げた製版データー信号のロックを解除せねばならず、解除してしまうと、他に校正をする必要のないページのデーターまでがずれてしまう危険、関連ページの用語、用字の統一が崩れ、新たな誤植を生じてしまう危険がありました。これを藤岡氏に説明して、製版データーに知識のないものがデザイナー抜きで明かな誤字以外までもいじり回すのを回避させようとしましたが、聞き入れられず、多数の追加修正が行われた結果、これによって思わぬところに生じてしまった新たな誤植が、のちに検定作業で「ミス」とカウントされ、結果的に第1回提出の白表紙見本は不合格になる事態を招きました。—このような藤岡氏の超ワンマン体質と、出版業務に経験の無いにもかかわらず締め切りを過ぎるころになって初めてチェックを言い出し多くの変更を命ずる日程管理感覚の欠如が、この教科書プロジェクトで、予算的にも人員的にも時間的にも、多大の無駄と無理を惹起しています。
 
6 平成20年4月17日、文部科学省に検定応募の白表紙見本本が受理されましたので、編集作業を一旦仕舞い、そこまで掛かった費用(予算はつくる会有志の自由社への貸付、ということなので別口座で管理してきた)を自由社本体の決算に連結しようとしたところ、初めて、同社の経理内容がとても文部科学省の教科書納入業者の資格要件を満たしていないため、この「自由社」を発行元にすることは難しい、という理解が生じたのです。また、「自由社」社長石原氏より、「高齢のため、近々業務を停止したい」という意向も伝えられました。
 関係者が研究の結果、新規に株主を募ったうえで同一住所に同名の新会社を設立し、そちらに教科書関係業務をすべて移譲し、新会社として文部科学省の納入業者認定を取得することにしました。新会社の設立総会で加瀬英明氏が社長に就任し、私も出版業務担当の取締役に選任されました。平成20年11月以降、発注、支払いの責任はすべて新会社に切り替えました。文部科学省よりは、「検定中の教科書については検定合格が得られた時点で版権を、検定申請者である旧会社から、教科書納入業者資格を取得した新会社に譲渡するように」という指導を受けました。
 
7 提出した白表紙見本本に対しての検定意見通知は当初、藤岡氏から聴いていたところでは9月か10月中、ということでしたが、かなり遅れ、ようやく文部科学省から呼び出しがあったのは、11月の第3週でしたが、結果は500箇所以上のミス指摘箇所があり、「検定不合格」でした。4月の提出間際に藤岡氏主導で、泥縄的に校正を追加したことが別の誤植を誘発し、ミスのカウントをあたら増加させたのです。しかし、4月に検定応募した業者についてのみ、修正のうえで白表紙見本本を再作成すれば、もう一度検定を受けられる、という規定があり、これは幸い適応されました。ただ自由社については、新たに供給業者としての登録認可を取得しなくてはならない状況に連動して、再製作の見本本の提出期限は12月26日と指示されました。これまた製作期間が実質1ヶ月を切る状況で、印刷製本の時間を除くと編集作業としての追加修正は校正作業まで入れて10日ほどしか許されず、Y.S.氏、M女氏の負担と責任はまたしても多大なものとなりました。編集者経験40年の私でさえ、これができるかどうか、全く自信が持てなかったほどの日程であったことは第1回の白表紙見本の製作同様でした。

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次回に続く
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