藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
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きょうの産経新聞「正論」欄にはぶったまげた。

【正論】拓殖大学客員教授・藤岡信勝 反日教育の果ての尖閣弱腰外交
 
 1950年代初め、日本共産党が火炎ビン闘争など武装闘争にうつつを抜かしていたころ、当時の共産党幹部の一人、志賀義雄は次のように批判したとされる。
 「なにも武闘革命などする必要はない。共産党が作った教科書で、社会主義革命を信奉する日教組の教師が、みっちり反日教育をほどこせば、30~40年後にはその青少年が日本の支配者となり指導者となる。教育で共産革命は達成できる」
 そのころは、革命は暴力によってしか成就できないとする暴力革命論が国際共産主義運動の正統派の理論で、議会で多数を占めて平和的に革命が成し遂げられるとする考えは議会主義・修正主義として厳しく排撃されていた。だから、「教育で革命が達成できる」とする志賀理論は、後の構造改革論やユーロ・コミュニズムを先取りする「新しい」発想だった。
 実際、日本共産党は日本革命の拠点として日教組を重視し、教科書支配に乗り出した。その際に、最大限に利用したのは、教科書検定・採択制度だった。共産党は、ダミー団体を隠れ蓑(みの)にして歴史だけでなく国語、算数、理科、社会などの教科書をつくり、教科書会社に売り込んだ。教科書を採択するのは日教組五十万の教師だから、採択を通じて教科書の内容をコントロールすることができる。教師にはどの教科書を選ぶかの「採択基準」が与えられた。
(中略)
 暴力革命と平和革命の関係は直接侵略と間接侵略の関係に似ている。今日、暴力革命を公然と唱える政党はないが、平和革命は国家と社会の腐食・解体として長期にわたり深く進行している。同様に、中国の直接侵略を肯定する政党はないが、反日教科書や外国人参政権の形をとった間接侵略を受け入れ推進している政党が複数存在する。われわれは両方の形式の侵略を正視しなければならない。
(後略)


志賀義雄が日本共産党に在籍していた昭和38年、北海道大学在学中に日本共産党に入党し、その後は共産党学者として北海道教育大学や東京大学教育学部で「社会主義革命を信奉する日教組の教師」を育て、結果的に教科書を悪くし、そのことを懺悔しない藤岡信勝氏に、こんなことを書く資格があるのか。
 
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「暴力革命と平和革命の関係は直接侵略と間接侵略の関係に似ている」…そんな甘いものじゃない。藤岡信勝氏が所属していた日本共産党の「平和革命路線」とは、いざというときは武装闘争するという「敵の出方論」だ。だからこそ、警察学校ではそれを教え、警察や公安調査庁は日本共産党を監視対象としているのである。
 
「日本共産党が火炎ビン闘争など武装闘争にうつつを抜かしていたころ」と藤岡信勝元党員は書くが、日本共産党は「うつつを抜かしていた」のではない。武装闘争こそが「うつつ(正気)」なのだ。
 
筋金入りの民青同盟員だったのだから、そんなことは分かっているはずだ。
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2010/10/29(金) 14:35:40 | 正統保守の敵「つくる会」一部首脳を追撃します
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