藤岡信勝研究
「新しい歴史教科書をつくる会」前会長、元拓殖大学非常勤講師の藤岡信勝先生の業績や関連団体について多角的に研究
201707<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201709
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
読売新聞東京本社調査研究本部が発行する季刊『読売クオータリー』秋号に、元「新しい歴史教科書をつくる会」理事の伊藤隆東大名誉教授が5月27日に同本部憲法問題研究会で行った「中学校歴史教科書の現状」と題する講演の要旨が掲載されている。
 
その中から「つくる会」内紛を回顧した部分を紹介する。

読売クオータリー
今度、2012年度から登場する「教科書改善の会」関係者編集の「新しい日本の歴史」は育鵬社から出ます。前の「新しい歴史教科書」は扶桑社から出していました。そして藤岡氏が中心になっていたのですが、私どもは藤岡氏から決別しました。
藤岡氏というのは、ついこの間までは共産党の人でしたから、手法が全く共産党的で、彼にとっては、「新しい歴史教科書」の推進運動は闘争の場なのです。内部闘争の連続でした。本当にこれはかなわないと何遍もやめようかと思ったのですが、目的のためには仕方がなかろうと我慢して、自分の担当する教科書づくりまでは一所懸命やったわけです。
運動も大きくなって、しかも、資金があるようになると、会の主導権争いが非常に激しくなってきます。藤岡氏というのは、何とかして実権を握りたい。藤岡氏と西尾幹二氏がオーナーのつもりなのです。自分たちで勝手にやりたいのに、ほかの理事たちがいろいろ邪魔をするので、人事等を変えたい。が、みんなは、藤岡氏に勝手なことをやられては大変だという気持ちがあって、彼を会長にしなかった。いろいろなトラブルがありました。
結局、2006年に、我々のほうで日本教育再生機構というのを分かれてつくったのです。その中心になった八木秀次(高崎経済大教授)という人がまだ若い人(当時44歳)で、この人が、一時、「新しい歴史教科書をつくる会」の会長になって非常によくなったと思ったら、藤岡氏らが彼を首にした。それで僕も切れました。こういうトラブルばかり続いている会は一体何なのだろうと思いまして、「新しい歴史教科書をつくる会」を出て、八木君を中心に日本教育再生機構というのをつくった。僕は理事としてサポートしているわけです。


コメント
コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。